「鬼火って、その火の玉もあやかしってことですか?」

「そうだ。日が沈みかけるとこうやって毎夜毎夜行灯の中に出勤してくれるんだ。勤勉でいいあやかしだろ?」

「き、勤勉」

「それで日が昇るとまた巣に戻る」

「巣」


 頭がパニックになりそうだけどありのまま受け入れよう。喋る猫を受け入れられた私にはきっと容易いことに違いない。


「鬼火が来てくれなかったら夜は真っ暗だぞ」

「狭間や常世の明かりは全てその鬼火なんですか?」

「いや、その限りではないが鬼火は何かと便利だから多いかな。常世の一部では現世のような文化もあるらしいが貧乏庶民には関係のない世界だ。まぁほとんどのあやかしは夜目が利くから多少暗くても大丈夫だが」

「なるほど……」


 事実は小説より奇なりとはよく言ったものだ。その格言を残した人はきっと見鬼の才を持っていたに違いない。


「常世もここと同じように朝や昼や夜があるんですか?」

「ああ、同じだ。太陽もあるし月もある」

「私、なんとなくあやかしの世界って聞くと薄暗いというか常に夜みたいイメージがあったんですけど全然違いましたね」

「いや、完全に間違ってはいないぞ。昔は常に夜と書いて常夜(とこよ)、本当にずっと夜だったらしい。だがある時太陽が昇るようになった」

「どうしてですか?」

「太陽の光を浴びた方が健康に良いって言うだろ?聞いたことないか?」

「ありますけど、それはあやかしにも適応されるんですか?というか本当にそんな理由で太陽が昇るようになったんですか?」


 まさかとは思いつつ、あり得ないと一刀両断にできるほどあやかしのことを知っているわけではない。


「まぁ、太陽が昇るようになったのは常世の偉いあやかしがそうなるようにしたからだ。理由は分からないからみんな健康に良いからっていう理由で納得してる」

「そ、そうですか」


 それでいいのか常世のあやかしたち。いちいちあやかしの世界を人間の世界の常識に当てはめたって仕方ないんだけど。

 私はそれからぼんやりと明るい行灯の前にしゃがみこんだ。


「気持ち悪いって言ってごめんね。ちょっとびっくりしただけだから」


 耳も目もそもそも顔すらなかったから話しかけて伝わるのだろうか思いながらも謝罪すると、ぱあっと行灯の明るさが増した。これは伝わって許してくれたと思っていいのだろうか。

 鬼火単体で見るとどうしても肝試し感が出てしまうけど、こうして照明器具の中に入っていると暖かみを感じる明かりに早変わりをする。行灯の明かりはとても綺麗だ。こういうのを何と言うんだったか。風情があるとか趣があるとかきっとそんな感じだ。


「あ、店長、もしかしてさっき言ってた良いものってこれのことですか?」


 店長はにやりと笑った。


「ああ。だがこれで終わりと思うなよ?まだ続きがある」

「続き?」

「ついてこい」


 そう言って店長は立ち上がり、入り口の戸を開けた。私も店長の後ろに続いて外に出ると、そこに広がる光景に思わず息を呑んだ。


「どうだ?綺麗だろ」


 夜、太陽は沈み竹林は月明かりに優しく照らされている。竹林の中にいくつも光があって何だろうと思って見ると、いくつかの竹が竹灯籠になっているようだ。竹灯籠の穏やかな明かりが石畳の道を照らしている。こんな綺麗な光景は初めて見た。この美しさを表現するための言葉が今は見つからない。だから私は単に「はい」と頷くことしかできなかった。


「この竹灯籠の明かりも鬼火なんだ。だから全部鬼火のお陰であって、俺が偉そうに見せびらかすのはお門違いなんだがな」

「でも、見せてくださってありがとうございます。すごく綺麗です」


 今がバイト中だということも忘れ、ただその光景に見とれていた。

 店長は言葉遣いも相まって粗暴に見えてしまいがちだけど、意外と気配りなところもあるしこうやって綺麗なものを綺麗だと言える素直さがある。成り行きと勢いでバイトを始めてしまったけど、なんだかんだ楽しくやっていけているのは間違いなく店長のお陰だ。


「ヒヨコさんにも見せてあげたいな」

「あいつならまた来るだろ」

「だと嬉しいです」

「俺は複雑だが」


 そう言って苦笑する店長に私も笑う。穏やかで優しい時間が流れていた。

 それから数日が経ち、いつものように出勤して店の掃除をしていた私はある異変に気がついた。外で何か音がするのだ。私はうたた寝をしている店長を慌てて起こした。


「店長起きてください!外で物音がするんです!」


 そう話すと店長は飛び起きた。


「物音!?」

「はい、足音というなんというか」

「なんだって。もしかすると借金取りかもしれない」

「でも借金はもう完済したんですよね?」

「したよ。したんだが、またお金を借りないかってしつこく押し掛けてきたことがある」

「っ、そんな」

「一旦二階から確かめるぞ」

「はい」


 二人で階段を上がる。十五夜堂の二階は店長の自室といくつか小部屋がある。そのうちの一部屋に店長が宣言通りあやかしが立ち入れない〝護り〟というものを施してくれた私用の小部屋があり、好きに使っていいと言われている。今のところ荷物を置いているだけでそこで過ごしたことはないけど。