「権力に頼るなら頼ってみろって言うんだ。そしたら、こっちも権力を借りてやる。目には目を、歯には歯を、権力に権力を、だ」
「それ、刑事の言う言葉ですか……」
一颯は相棒が言っていることを理解して、ため息を吐く。
ハンムラビ法典に載っているその言葉は要はやられたらやられた分だけやり返せ、という意味に取られる場合が多い。
彼女が言っていることの意味を考えれば、刑事が復讐や犯罪を肯定しまうことになる。
それでも、一颯には汐里がそんなつもりで言っているつもりは無いことは分かっている。
「第一、権力って誰のですか?」
「東雲官房長官」
「……言いましたよね?俺は父の権力に頼るのが嫌いだって」
一颯は不機嫌そうに唇を尖らせる。
彼は《浅川一颯》と名乗っているが、本名は《東雲一颯》、今の内閣の官房長官を担っている官僚を父に持つ。
刑事になることを父に反対されたが、母の説得で許されたものの東雲の名を借りずに捜査一課に入ることを条件に警察官になった異例の経歴を持っていた。
権力を持つ父を持つ一颯と瀬戸。
異動当初ヘタレと汐里に言われた一颯と現在進行形でヘタレと言われる瀬戸。
似ているようで、似ていない。
片や父の権力にすがるのを嫌い、片や父の権力に肖ろうとしている。
同類として扱うのは違う。
「分かってる。だが、こいつはお前が東雲の名を使って捜一にいるボンボンだと思って目の敵にしてる。……まあ、親の名前を使ってるのはどっちなんだかって話だが」
汐里は一颯に首根っこを掴まれたままの瀬戸をちらりと見た。
「……モラハラですよね、それ」
「じゃあ、お前がよく言っているのは親の権力を使ったパワハラだな」
また汐里と瀬戸の間で火花が散る。
この二人はまさに水と油で、決して交わることはないだろう。
お陰で間に挟まれている一颯は心身ともに疲れていた。
そして、最終的に――。
「毎日毎日顔合わせる度にうるさい!さっさと被害者の会社に聞き込み!喧嘩してる暇あるなら捜査!」
普段あまり怒ることをしない一颯がキレて喧嘩は終わる。
さすがの汐里も瀬戸も一颯がキレると何も言わなくなる。
普段怒らない人ほどキレると怖いのだ。