「手を離して下さい。職務中です」
「何だと!?」
「これ以上騒ぐようであれば、公務執行妨害に値しますよ。我々は犯罪者を取り締まるだけが仕事ではありません。このような有事の際は民間人の安全を守らねばならないのです」
一颯は声を荒上げることなく、冷静に男と話す。
だが、目には苛立ちが込められている。
職務を邪魔された挙げ句に公僕扱いと暴言。
一颯の内心は「お前らなんかに構ってられるか!邪魔すんな!」という感じである。
「こ、公権力の乱用だ!俺達は此処に居合わせただけでこんな目に遭ったんだぞ!?これも――」
「……言いましたよね?これ以上騒ぐようであれば、公務執行妨害に値する、と」
「っ!」
男は一颯の睨みにそそくさと逃げていく。
周りで見ていた者達も名にも見てないというかのように逃げていった。
一颯達に構ってる暇があるならさっさと逃げれば良いものを……。
そう思ったのは一颯達だけではなく、消防隊達も思っていたらしく――。
「こういう時に悪役になる刑事さん達は大変ですね」
「慣れてますから」
苦笑いを浮かべる一颯に、汐里は不満を口にした。
「ああいう輩は構わず、問答無用で公務執行妨害で逮捕すれば良いものを……。いちいちあんなのに構ってたら、職務が進まん」
「京さん、それこそ公権力の乱用ですよ……。彼らは偶然居合わせた被害者なんです。大目に見ましょうよ」
「お前こそ、これ以上邪魔するなら公務執行妨害って言ってたけどな。……すみません、少し外します」
汐里は頭を下げるとその場を消防隊に任せ、歩き出す。
その後を一颯が追いかける。
本来ならば、救助に加わるべきだ。
だが、彼女は大股で瓦礫が散乱した道を突き進む。
「京さん、どうしたんですか?救助の手伝いを――」
「逃げる人の中に神室の姿を見つけた。追うぞ」
タイミングが悪いにも程がある。
久宝の逃走に加え、神室が現れた。
神室達にとっては二つの事故で警察や民間人が混乱している状況は決して悪い状況ではない。
だが、一颯達にとってはかなりまずい状況だった。
この混乱が神室が久宝を逃がすためのものだったのだとしたら、二人はきっと合流する。
合流したら、更なる混乱が起こるかもしれない。