特に仲が良いわけでもない人の前でいきなり歌うのは緊張したし、恥ずかしかった。

 最初の方はなんだか上手く歌えずに、ところどころ音がずれてしまったりした。
 途中で、変に意識するよりも普通に歌った方がしっかり歌えることに気づく。

 いつの間にか羞恥心は消えていた。好きな歌ということもあって、自分でも知らないうちに思いきり歌っていた。

 歌い終わった私は、近くに藪本くんがいることを思い出して、再び恥ずかしくなってきたけれど、それと同時に、歌い切ってやったぞ、という達成感もほんの少しある。

 後奏も終わり、新鋭機鋭のアーティストの宣伝映像に切り替わる。

「うん。思った通りだ」
 藪本くんが静かに言う。目を瞑っていた。

「お、思った通りって?」
 思った通り下手くそだったということだろうか。歌わせておいてそんなことを言うのだとしたら、ちょっと、いや、かなり失礼なので、マイクでも投げつけてやろうと思う。でもマイクってけっこう重いよね。当たり所が悪かったら死んじゃうかな。犯罪者にはなりたくないな。

 そんな私の懸念とは裏腹に、
「最高だよ! ありがとう、水岡さん!」
 藪本くんが、再びテーブル越しに身を乗り出しながら、興奮したようにまくし立てる。

 何が最高で、何がありがとうなのかよくわからないし、近い! いちいち心臓に悪いので、予告なく距離を詰めてくるのは本当にやめてほしい。「距離を詰めるね」って予告されて近づかれるのも、それはそれで嫌だけど。

「だから近いって! お願いだから落ち着いて、藪本くん」
「あっ、ごめんごめん。最初から説明するね」
 藪本くんは私から離れて、ソファにストンと座る。

「ああ、うん」
 できれば最初からそうしてほしかった。