「ずっと、気になってたんだ」
端末を私の目の前に置いた薮本くんは、今度はマイクを手に取る。身を乗り出してきて、私の手をマイクごと握る。彼の手のひらが、私の手の甲に触れた。温かい、などと悠長に感想を抱いている場合ではない。
「え、何。ちょっと待って。どういうこと?」
近い。普段は前髪でよく見えないけど、思ったより綺麗な目をしてるな――なんて冷静な分析をしてる場合でもない。
気になってたって? 私のことが? 何を? どう気になってたの?
クエスチョンマークでいっぱいになった私の頭はショート寸前だ。世界がぐるぐる回っているような気さえする。
「水岡さんの声が、理想の声にピッタリなんだ」
そんなよくわからないことを、薮本くんはマイクと私の手を力強く握りしめながら、真剣な表情で言った。
「理想の……声?」
私の声が? それってどういうこと? 余計わからなくなった。あと近い。肌も白くて綺麗だ。もしかして藪本くんは、漫画や小説でよくお目にかかる隠れイケメンというやつなのだろうか。現実に存在するなんて思ってなかった。男子に対する免疫がない私にとって、この現状はとてもヤバい。ひえぇ。誰か助けて。
「あっと、ごめん。ちょっと興奮しちゃって」
我に返ったらしく、ようやく身を引いてくれた。私の手はマイクを持ったまま、空中で静止する。心臓がバクバクいってる。変な汗が出そうだ。
「あ、うん。大丈夫。で、何か歌えばいいの?」
よくわからなかったけど、とりあえずそれが藪本くんへのお礼になるのであれば、一曲歌うくらいなんでもない。
いや。掃除を手伝ってもらったお礼に一曲歌うってどうなんだろう。
色々とイレギュラーな出来事が続いていて、思考力が麻痺しているような気もする。
まあ、こっそり動画撮影して笑いものにしようとするようなタイプには見えないし、別にいいかな。