「なんでもしてくれるって、さっき言ったよね」
藪本くんと、狭い部屋に二人きり。ドアは彼の背中の方にある。逃げ場はない。
「言ったけど……」
そうだ。たしかに、私はそう言った。
けれど、こんな展開は予想外だ。
ジュースをおごるとか、宿題を見せるとか、そういうのを想像していた。
なのに、どうして……。
「好きな曲で大丈夫だから」
私はカラオケボックスにいるのだろう。
「好きな曲って言われても……そんないきなり……」
藪本くんが差し出した、曲を入れる端末を見ながら、私は困惑していた。
教室の掃除が終わり、手伝ってもらったお礼をさせてほしいと申し出た私を「じゃあ早速、一緒に来てほしいところがあるんだ」と言って、薮本くんはカラオケに連れてきた。
「えっと、どこに向かってるの?」
私は道中でそう尋ねる。そのときはまだ、目的地を知らなかった。
私の質問に、薮本くんはこう答えた。
「一曲、歌ってほしいんだ」
それに対する私の返答は「は?」だった。
結局、どこに向かっているのかも、歌ってほしいという言葉の真意も、何がなんだかわからないまま、学校から歩いて十分ほどのところにあるカラオケの大手チェーン店で手際よく受付をする藪本くんを、私はボーっと眺めていた。これがつい一分前のこと。