「あとは、ごみ捨てだけかな」
「そうだね」
「じゃ、僕はこっち持ってくから、水岡さんはこっちをお願い」
藪本くんはそう言って、二つの袋にまとめられたごみの、軽い方を私に差し出した。
「あの、本当に助かった。手伝ってくれてありがとう」
まだちゃんとお礼を言っていなかったことに気づいて、私は頭を下げる。
「別に、たいしたことはしてないよ。僕、あっちにいたんだけど、水岡さんが一人で掃除してるのが見えたから、ちょっと気になっちゃって」
彼は教室の窓の方を指さしながら言った。
窓からは特別教室棟が見える。理科の授業で使う実験室や、視聴覚室、放送室などがある。
部活か何かで向こうにいたのだろうか。少なくとも、運動部ではなかったと思うけど。
でも、わざわざ見に来てくれたんだ。
引っ込んだと思っていた涙が、またこみあげてくる。
「もしよかったら、何か、お礼させてくれないかな」
それをごまかすように、私は言った。
「お礼?」
藪本くんは少し驚いたような顔をしている。
「うん。私にできることなら、なんでも」
借りを作りっぱなしなのはなんだか落ち着かない。几帳面な性格は、私の長所でもあり、短所でもある。
そして、この軽率な発言が、思いがけない事態を引き起こすきっかけになるなんて、このときは予想できなかった。