「……はぁ」
一人残された教室で、私は息を吐いた。
もちろん怒りもあったけれど、呆れの方が強い。柚子に対しても、他のクラスメイトに対しても。
私も帰ってしまおうかと思ったけれど、掃除をさぼるわけにもいかない。損な性格だと思う。
ロッカーから箒を取り出して床を掃き始める。
まだ何人か残っていたクラスメイトも、一人で掃除をしている私を、気の毒そうな目で見つつも、何も言わずに去って行く。もしも私を手伝おうものなら、柚子に何かされると思っているのかもしれない。その可能性は大いにあるし、それがわかってしまうだけに、私も気軽に、手伝って、などとは言えない。
なんとか床の掃除を終わらせる。
あとは……黒板も綺麗にしないと。
黒板消しを手に取り、六時間目の数学の授業で使われた数式を消していく。しかし、上の方には背伸びをしてもギリギリで手が届かない。
何やってんだろ……。
鼻の奥がつんとして、涙が出そうになった。
諦めて、踏み台の椅子を持って来よう。どうせなら、柚子の椅子を使おう。上履きのまま乗ってやろう。
そう思って振り返ろうとすると、
「手伝うよ」
横から声がした。
「え?」
クラスメイトの男子がそこには立っていた。
「あ、ごめん。もしかして、一人で全部やりたいみたいな感じ?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
「じゃあ、上の方消すね」
優しくて、柔らかい声だと思った。こうしてちゃんと声を聞くのは初めてだからかもしれない。
「あ、うん」
彼は私が届かなかった高いところに手を伸ばして、軽々と消していく。
藪本慎。それが、彼の名前だった。クラスでも目立たない男子。
身長は少し高めで、かなり細い体形をしている。スタイルがいいというよりは、弱々しいと表現した方がしっくりくる。無造作に伸ばした髪を見て、頭髪検査に引っ掛かりそうだな、などと場違いなことを考えた。
よくわからないまま、私と藪本くんは教室の掃除を終わらせる。
出そうになっていた涙は、もう引っ込んでいた。