「やっぱり好きだなって思っちゃって、つい」

「え?」
「え?」
 藪本くんは自分で発した言葉に、自分で驚いているようだった。

 けれどすぐに、いつも通りの表情に戻って。
「み、水岡さんの声のことね」
 発した台詞は、いつもよりもちょっとだけ早口になっていた。

「そそそ、そっか。あははは」
 私も呂律が上手く回っていない。

 藪本くんのスマホが震えた。ナイスタイミング。
「メ、メッセージだ」

「あ、例の友達から? なんだって?」
「えっと……。『すごく良い曲だった』って。それと、この後、会ってくれるみたい」
 嬉しそうな顔で彼は言う。私も安堵した。

「そう。よかったね」
「うん。なんか、ただ掃除を手伝っただけなのに、こんな大きいことまでしてもらっちゃって、本当に感謝してる。ありがとう、水岡さん」
 いつも通りの口調に戻って、藪本くんが言った。

「じゃあ、私も何かお礼してもらっていい?」
「僕にできることなら」
 軽い調子で藪本くんは答える。

 かなり頑張ったから、まあまあ贅沢な要求をしてもいいのかもしれない。
 けれど――。

「明日、一緒に文化祭を回ってほしいんだけど」
 今の私には、これが精いっぱいだ。

 これからも、藪本くんの歌を歌いたい。それはまた明日、言おうと思う。