強い君を見て
   恋が始まった
   弱い君も知って
   胸が高鳴った

 藪本くんのことを思い浮かべながら、私は藪本くんの言葉を紡いでいく。

 困っている私に手を差し伸べてくれたときのこと。

 いきなり歌ってほしいと、意味のわからない要求をされたときのこと。

 私の声を褒めてくれたときのこと。

 格好良いと言ってくれたときのこと。

 過去を打ち明けて、弱さを見せてくれたときのこと。

 文化祭の準備で、理不尽に責められていた私を助けてくれたときのこと。

 そんな藪本くんが好きだな、と思ったときのこと。

 その一つひとつの場面を思い浮かべながら。

 藪本くんに理想だと言ってもらった声を、思いっきり響かせる。

 歌い終わって一礼すると、大きな拍手が降り注いだ。

「水岡さん!」
 ステージから降りると、舞台裏には藪本くんが待っていた。
 こちらに向かって駆け寄ってくる。

「藪本く――」
 言い終わらないうちに、私は彼の腕に包まれていた。

 どうやら、私は藪本くんに抱きしめられている……らしい。
 待って待って。お願いだから離して。ヤバいって。心臓の音、聞こえてないかな。まあ、このドキドキはたくさんの人の前で歌ったせいなんですけどね! たぶん……。

「すごいよ! 最高だった!」
「ちょ……。藪本くん?」

「あっ、ごめん……」
 私は藪本くんの腕から解放される。名残惜しさなんてない。断じて。

「ううん。大丈夫」
 嘘。大丈夫じゃない。心臓がバクバク鳴っていて、今にも口から飛び出そうだった。