それを聞いた彼は、目を大きく見開いて言った。
「ありがと」

 初めて見る、照れたような彼の笑顔に、私の胸は高鳴った。
 ヤバい。歌う直前なのに、なんだかふわふわしてきた。藪本くんのばか。

 お互いに何を言えばいいかわからなくなって、二人して黙っていると、
「二年D組。水岡(みずおか)光莉(ひかり)さん。お願いします!」
 ステージの上から、私を呼ぶ声がした。

「あ……。呼ばれた。じゃあ、行ってくるね」
「うん。行ってらっしゃい」

 激励でも期待でもなく、ただ背中をそっと押してくれる彼の声が、今はちょうどよかった。
 深呼吸をすると、不思議と落ち着いた。

 私はステージの上に立つ。
 一つ前のバンドの熱がまだ残っているみたいで、客席は盛り上がっていて。
 私のことも拍手で迎えてくれた。

 見たことのない景色に、圧倒される。
 けれど、緊張も不安もなかった。

 藪本くんは、紛れもなくすごい人だ。そんなすごい人の作った素敵な曲を、今から私は歌う。

 こんな素敵な曲を歌えるのは、本当に幸せなことだ。
 そういう気持ちだった。

 彼が褒めてくれた声を響かせるため、息を吸った――。