「ごめん……」
「どうして水岡さんが謝るの?」
「上手く歌えなくて、少しイライラしちゃったから」

「ううん。ちゃんと本気で歌おうとしてくれて、すごく嬉しい。僕の方こそ、少し遠慮しちゃってたところがあった。ごめん」

「……私、格好悪いね」
「水岡さんは、格好良いよ」

「そんなことない」
 藪本くんは、私のことなんて何も知らないくせに。なんて言ったら、また空気が重くなってしまう。

「この前もさ、野島(のじま)さんにビシっと言ってたじゃん。あれ、すごく格好良かった」

 藪本くんのその発言に、私は驚く。見られてたんだ……。
 それは、私が柚子(ゆずこ)に嫌われるきっかけになった出来事だ。

 一週間くらい前の昼休み。柚子が友達の悪口を言っていた。私も仲良くしている子だったので、気分は良くなかったけれど、女子の間ではよくあることなので、私は適当に聞いていた。
 どうせその子が近くにいるときは、別の誰かの悪口で盛り上がるだけだ。

 だから「あいつ、無視しよう」と、柚子がそう言い始めたときは、ヒヤッとした。それをしたら、明らかに一線を越えてしまう。

 そういうのは、ちょっとよくないんじゃない。やめようよ。
 なるべく柔らかく、けれどはっきりと、私は拒絶し、否定した。
 その一言で、標的は私になったのだ。

「あれは、私がただ嫌だなって思ったから……」
 藪本くんに見られていた恥ずかしさに、私は口ごもる。

「思ってても、ああいうふうに自分の意見を口にできるのはすごいことだよ」
「そう……かな」

「うん。その真っ直ぐさが羨ましい」
 単なる言葉以上の重みを含んだような口調で、藪本くんは言った。