その週の土曜日。なんと、藪本くんの家に行くことになった。
私が歌ってみたいとメッセージを送った翌日、教室で話しかけられたのだ。
「水岡さん、今週の土曜日って空いてる?」
近くにいたクラスメイトが、物珍しそうに私たちを見る。意外な組み合わせだと思われたのだろう。無理もない。藪本くんも一応、気は遣っているようで、会話の内容が周りに聞こえない程度にボリュームを小さくしている。
「空いてるけど」
部活動にも入っていないし、友達と約束もしていない。
「じゃあ、さっそく歌ってもらいたいんだけど、僕の家でいい?」
「あ、うん。大丈夫」
そう答えたのだけれど、よくよく考えてみると、全然大丈夫じゃなかった。待って。ちょっと待って。
「じゃあ、詳しい時間とか場所とかは、また教えるから。よろしく」
私が口を開く前に、藪本くんは自分の席に戻ってしまう。呼び止めるために立ち上がろうとしたが、タイミングが悪く、予鈴が鳴ってしまった。
男子の家に行くなんて、小学生のころは何度かあったけれど、中学生以降は一度もない。教室で話して誰かに聞かれたら確実に勘違いをされてしまう。
私は休み時間にメッセージを送る。
〈この前みたいに、カラオケじゃダメなの?〉
それに対する藪本くんの返信はこうだ。
〈カラオケは設備がない〉
意味がよくわからなかった。
こうなったら、腹をくくるしかない。
今の私たちは、ビジネスパートナーみたいなものだ。同級生の男子だなんて、意識しなければいい。そう思っている時点で意識してしまっているのだけれど……。