その日の夜。アプリなどの登録用に取得したメールアドレスに、初めて個人からメールがきた。

 添付されているフォルダを解凍して開く。音楽だけのファイルと、歌詞のテキストファイル。

 歌詞を見ながら、音楽を再生させる。
 予想していたよりもずっと本格的で驚いた。音楽に関しては素人だからかもしれないけれど、プロが作ったものだと言われても信じてしまうと思う。

 声が入っていないから、まだ完成形ではない。でも、きっと素敵な曲になるんだろうな、と思った。

 そして、この曲を歌う自分を想像して――体温がちょっと上がる。
 藪本くんの作った曲は、私の想像していたクオリティを軽々と超えてきた。

 それよりも、歌詞が意外だった。
 恋心を綴った、紛れもないラブソングだったからだ。

 藪本くんも、誰かに恋をしていたのだろうか。
 そう考えて、なぜか心がモヤっとしたのは、たぶん気のせいだ。

 何度か再生しながら、どんな歌い方が合うかを考え始めて。
 ちょっと口ずさんでみたりもする。

「……うん」
 心は決まった。

 パソコンの脇に置いてあったスマホを手に取って、藪本くんにメッセージを送った。

〈この曲、歌ってみたい〉

 その後も、何度か音楽を再生しながら、そこに歌詞を乗せてみた。
 けれど、文化祭のステージで歌っている自分は、やっぱり上手く想像できなくて。

 そういえば、藪本くんはどうしてステージで歌ってほしいなんて言ったのだろう。
 その場限りの思い付きとかではなく、あのときの藪本くんは、そうしたいという明確な意思があったように思う。