「どう……かな」
さっきとは打って変わって、不安そうに首をかしげる藪本くん。
「……もし、私が藪本くんの作った曲を歌ったとしたら、その歌はどうなるの? ネットとかにアップするの?」
私の心の中の天秤は、彼の提案を飲み込む方に傾きつつあった。
「将来的には、そうしたいと思ってる」
「将来的には……って?」
「その前に、しなくちゃいけないことがあるんだ。文化祭で、ステージがあるのは知ってるよね」
「うん」
文化祭の間、中庭にステージが設置され、軽音楽部や、ミス・ミスターコンテスト、マジックショーなどが行われる。
「そのステージで、歌ってほしいんだ」
と、とんでもないことを言い出した。
去年のステージイベントの様子を思い出す。うちの高校の生徒だけではなく、観客として来た人たちも一緒になって、かなり盛り上がっていた。
そんなステージに自分が立って歌うなんて、想像もできない。
几帳面でサバサバした性格のせいで、学級委員や代表を務めることは多く、人前で話したりすることは苦手ではなかった。でも、目立ちたがり屋というわけでもない。それに、話すことと歌うことは全然違う。
「……ちょっと、考えさせてほしいんだけど」
「なんでもするって言ったのに?」
「それは……」
ずるい。
掃除を手伝ってもらったことは感謝してる。でも、私が頼んだことではない。
とはいえ、お礼になんでもすると言ったのは私だ。
それに――。
藪本くんに声を褒められたとき、照れくささの他に、たしかな嬉しさも感じた。
歌うこと自体も嫌いではない……けれど。
「なんて、冗談だよ」
頬を緩ませる藪本くん。あ、こんなふうに笑うんだ。と、そう思ってしまうのは、今まで笑ったところを見たことがないからで、それ以上の意味なんてない。
「掃除を手伝ったくらいでそこまでしてもらうのは申し訳ないし。っていっても、カラオケまで付き合わせちゃってごめん。でも、歌ってほしいっていうのは紛れもなく僕の本心だから。もしよければ、僕の曲だけでも聴いてほしい。それで、ちょっと考えてみて」
「あ、うん。それくらいなら」
曲を聴くくらいなら、どうってことない。むしろ、藪本くんがどんな曲を作るのかもちょっと気になる。
私たちは連絡先を交換して、無料でついてきたドリンクバーを、もったいないからと二杯ほど飲んでから解散した。