そんな私に気づいたのか、彼は少し照れくさそうに頭をかいた。
「ごめん。話が長くなっちゃったけど、水岡さんの声が、その……すごくいいなと思って、で、歌ってもらったのは、それを確認したかったからなんだ。それで、やっぱり歌声もすごくよかったし、なんなら期待以上だった」

 ようやく私にも事態が飲み込めた。
 藪本くんは音楽を作っていて、理想とするボーカルを探していた。偶然、クラスメイトである私の声が理想的だった。簡単にまとめると、そんなところだろう。

 けれど、私の声がいいなんて。
「そんなこと……」

 歌が上手いと言われることはあるけれど、声そのものを褒められるのは初めてで、どう反応すればいいのかわからない。

 そして同時に、何かが引っかかる。今のところ、私が把握している事実を確認していく。

 藪本くんは曲を作っていて、その曲に私の声が合いそうだと思った。そこで私は、掃除を手伝ってもらったお礼に、一曲だけ歌うことになった。

 現時点では、藪本くんの想定通り、彼の作った曲に私の声がピッタリだということがわかっただけだ。

 たぶん、藪本くんは曲を完成させたい。それは何かを作るという趣味がない私でもわかる。

 つまり――。
 藪本くんの要求は、まだ終わっていない。

「だから、僕が作った曲を、水岡さんに歌ってほしいんだ」
 真っ直ぐな目で見つめられて、思わず視線を反らしてしまう。

「むっ、無理だよ! 私、別に歌がそんなに上手いわけじゃないし……」
 謙遜でもなんでもなく、それは事実だと、少なくとも自分では思っている。人よりも少しは上手く歌えるかな、という程度で、間違っても人様に積極的に聴かせられるようなクオリティではない。

「たしかに、抜群に上手いかって言われるとそんなことはないかもしれない。でも、それ以上に魅力的で素敵な声だった。もしも、世界中の人間からボーカルを自由に選ぶ権利があったとしたら、どんなに歌の上手い人よりも、僕は水岡さんを選ぶ」

「っ……」
 策略も駆け引きも、裏なんて何もないとわかるほどに、誠実さだけを乗せたその台詞に、言葉が出てこない。おかしい。藪本くんとの距離は近くないのに、すごくドキドキする。