僕は図書室から出て来た生徒とぶつかりそうになりながらも寸前でかわす。

「生徒会が廊下走っていいのか?」
「すみません! 非常時なので!」

 彼は確か三年の広村薫先輩だ。彼のいう通り廊下を走ることは禁じられているが今はそんなことを言っている場合ではない。僕は校則違反だが、彼女、田中まどかは法律違反である。
 職員室に入ろうとする影を見つけ僕は叫ぶ。

「藤野先生!」
「Be quite! どうしたんだ?」

 英語教師の藤野先生は今年で五二歳。
 純粋な日本人で大学生の頃、三ヶ月だけアメリカへの語学留学以外、海外への渡航経験はない。しかし会話の端々に英語を混ぜ、海外の影響をもろに受けた、ナウでヤングなイカした大人だと周囲にアピールする、胡散臭いことで有名な先生だがこの際は誰でもいい。とにかく知らせなければ。

 僕は息も絶え絶えに告げる。

「二年二組の、田中まどかが、本物の、本物の拳銃を持っているんです!」

 なんとか言い切った。しかし藤野先生はハハッと笑う。

「そんなわけないだろ、本物のgunなんて。ここは日本だぞ。私がAmericaにいた頃は、よく目にしていたが」
「早く警察に連絡してください。このままじゃ人が死にますよ!」
「おい!」

 職員室から他の先生が顔を出す。

「藤野先生、どうされましたか?」

 ちょうどいい、と僕は声を出そうとするが藤野先生に強く肩を掴まれ、驚いて声が出なかった。

「Sorry. なんでもないよ」

 そうですか、と先生は職員室のドアを閉める。藤野先生は僕の肩に置いた手で二度背中を叩く。

「安藤くん、あんまり大人を揶揄うものじゃないよ。きっと疲れているんだろう。今日は生徒会の仕事はいいから早く家に帰りなさい。いいね?」
「しかし」
「Go home. Ok?」
「オーケー……」

 僕は聞き逃さなかった。職員室の中へ入っていく先生が扉を締め切る前、めんどくさいな、と呟いたその声を。

 先生たちじゃダメだ。

「みんなに知らせないと」

 僕はスマートフォンを開き、生徒会のグループチャットに打ち込む。

『二年二組、田中まどかが本物の拳銃を持って校内にいます。生徒会の皆さんは他生徒の避難、そして田中まどかを見つけ次第、すぐに連絡してください』

 送信後、すぐに既読のマークがつく。しかし。

『副会長どうしたんですか?』
『本物の拳銃ってw』