そう言えばいい。

 あなたの憧れている先輩は変わってしまったと。
 だけどなにも言えなかった。通話口の向こうから鼻をすする音が聞こえてきたら。

「付き合えなくてもいいです。まずは友達から始めましょう。その先、恋人になれなくても、私たちの関係に名前がなくても。それでも私は会長の何もかもひっくるめて好きです」

 なぜか涙が溢れた。
 それを高梨会長に気取られないように電話口から離れて鼻をすすり、元気な後輩、吉田智恵子として高梨会長へ自分の願いをぶつける。

「だから今度、デートしてください!」

 智恵子が涙を拭う姿が光の中でもわかった。高梨は智恵子を一人の後輩として、友達として、人間として、尊敬できると心から思った。

「いいよ」

 高梨は彼女のそばに駆け寄って涙を拭ってあげたいと思った。
 こんな想いは初めてで、高梨は智恵子の元へ走った。


 建物の隙間から夕日の輝きがまだ少しだけ見える頃、僕は少し前のことを思い出していた。
 隣を歩く彼女、田中まどかさんと初めて会った日のことだ。

 田中さんを初めて見た時のことはよく覚えている。
 あれは薫と田中さんが一緒に帰っているところを見かけた時だ。薫の幼馴染だという彼女は年上で異性である薫に対しなんら遠慮せず、臆することなく漫才のようなやり取りをしていた。
 そんな彼女を面白い子だなと思った。
 だから薫に言って二人で会う機会を作ってもらった時、田中さんの静かな様子に自然と胸が高鳴った。
 自分でもちょろいと思うがギャップにやられたのだと思う。

「ちょっと目を瞑って」
「え!?」

 慌てる田中さんは梅干しを食べたかのようにぎゅっと目と口を瞑る。
 心なしか唇が少し尖っているようにも見える。
 そんなところも可愛らしい。

 だから僕は、心置きなく、カバンの中から拳銃を空へと掲げる。
 薫から親友の証だと、突然渡された腕時計。
 そこから現れた天使にもらったデザートイーグルは夕日が完全に沈むと光に包まれ消えていった。

「よし、行こうか」

 目を開けた田中さんは驚いた様子で先を歩く僕を追いかける。

「え、なんですかさっきの間は? ちょっと先輩!?」

 夕方の空に夜が混ざる。


 空には一番星が輝いていた。