「信じてあげてもいいけど」
「信じてくれるのか?!」

 私の策略なんて全く気がつかない様子で安藤くんはとても喜んでいた。なんだよこいつ。


 意外と可愛いじゃん。


 理科準備室、および部室棟屋上。

「時間切れか」
「そのようですね」

 ガラス片が散らばる理科準備室と瓦礫の山と化した部活棟の屋上が光を帯びて徐々に元に戻っていく。

 光の中で、智恵子は大きく深呼吸。

「高梨会長。私、あなたのことが好きです」

 その想いは確かに高梨に届いている。だけど高梨はその気持ちに答えることができない。

「気持ちは嬉しい。ありがとう。でも、あなたとは付き合えないの」

 それがなぜなのか、高梨は自分でも自分のことがわからず、このやるせ無い気持ちを、苦しい気持ちを全て自分のせいにしてしまう。

「ごめんなさ……」
「謝らないでください」

 智恵子は強く、優しく高梨の謝罪をさえぎった。

「一年前の文化祭、覚えていますか?」

 唐突な質問に、高梨は素直に答える。

「覚えているけど」
「三年生の男子にナンパ目的で声をかけられて困っているところを高梨会長が助けてくれたんです」

 高梨の脳内になんだかぼんやりとその時の情景が浮かんでくる。
 校内を巡回中、半端者の先輩が中学生に声をかけている場面に遭遇した記憶がある。あの中学生が彼女、吉田智恵子さんだったのか。

「高梨会長は年上の男子生徒に臆することなく注意し、そのまま私にも注意してきました」
「あなたに?」

 高梨はそこまでは思い出せなかった。私はなんて言ったのだろう。

「高梨会長は私に言いました。ヘラヘラするな。嫌なら嫌だとはっきり言えって」

 私、知らない中学生にキツすぎないか? 

 でも思い出してきた。その頃の私は文化祭という特殊な状況下で浮き足立つ学校内の雰囲気が居心地悪くて殺気立っていたのだ。
 要するに恋愛ムード全開の野郎にムカついただけだ。

「ごめんなさい、私……」

「だから謝らないでください。私、嬉しかったんです。私、女だから、年下だから、知らない先輩にも失礼がないようにしないといけない、それが社会のルールだからと思ってました。だけどそんな常識を高梨会長がぶっ壊してくれたんです」

 高梨は胸が締めつけられる。

 今の私よりも、その頃の私の方がよっぽど生き生きとしている。
 社会に抗うことをやめ、順応するようにもがいている今の私を知れば彼女も幻滅するだろう。