特別教室棟の二階へ降りると廊下の向こうに木原先輩がいた。

 拳銃を持っている間もずっと探していたのに、拳銃をなくした今になってすぐに会えてしまうなんてなんだか皮肉めいている。

「木原先輩!」

 私は木原先輩の元へと歩み寄る。一歩。また一歩。足を進めるたびに鼓動が力強く、早くなるのを感じる。

「田中さん」

 木原先輩の前に立つ頃にはすっかり緊張していた。溢れそうな思いが言葉になる前に口からどんどんとこぼれてしまう。

「あのっ……えっと、だから、私……」

 口の中に溜まったよだれをごくん、と飲み込み深呼吸。

 言うんだ! 

 今の私は可愛いし、綺麗だし、最強だ! 

 だから木原先輩に想いを伝えるんだ! 

「……私!」

「ギャアアアア!」

 突然窓の外から叫び声が轟いた。

「何?!」

 木原先輩と中庭を見下ろすと藤野先生が何か叫びながら安藤くんは必死に逃げている。

「助けて~!!」

 その様子は、安藤くんには申し訳ないが、なんと言うかなんだかトムとジェリーみたいで滑稽だった。
 私はこらえきれず笑ってしまう。

「なにしてんだろ、あれ」

 そう言って木原先輩も笑った。
 木原先輩が笑っている。私も笑っている。
 するといつのまにか、緊張もほぐれていた。
 今なら言える。

「木原先輩」

 私が本当に言いたいことが。

「一緒に帰りませんか?」

「よかったんですか? 元・神様、広村薫様」

 そう言いながら、天使は俺の隣に来て柵に頬杖をつく。

「何が?」
「その拳銃を使わなくて」

 俺は内ポケットに入った拳銃の気配を感じながら呟く。

「いいんだよ」

 俺の拳銃はPSS拳銃。小型で、音もそれほどでない、暗殺や偵察用に使われる拳銃だ。それは誰にも知られたくないと言う俺の意志の表れのように思える。

 そうですか、と他人行儀な天使と俺が初めて出会ったのはひと月前のこと。

 ちょうどまどかと寛也を合わせた頃だった。部屋で一人眠りにつく頃、突然窓から光の玉が侵入してきて、みるみるうちに人型に変化。
 それは自分のことを天使といい、俺のことを恋のキューピットだと言った。

「今の日本に神を信じるものは多くありません。神は人々の信仰があって初めて存在し得る存在。故に現在、私たちは仕える身がないフリーランスのようなもの。そこで、神と同じ振る舞いをする気高き人間を神の化身と定め、我々天使が神のサポートをする、と言うわけです」