「言われずとも!」

 特別教室棟に向かい、爆発のような地響きのする三階へ。

 すると渡り廊下にまどかのシルエットが見えた。


 近づくと、まどかは自身の拳銃をこめかみに当てていた。

「おい!」

 俺は無意識のうちに走り出す。

 世界の全てがゆっくりに感じる。

 より一層強く、暖かく私たちを照らす夕日の沈む間際。
 校舎に当たって吹き上がる風が、スカートをふわりと膨らませる一瞬。
 私に向かって踏み出す薫の一歩。

 世界から音が消えた。

 音楽室から漏れ聞こえた吹奏楽部のチューニングの音。
 校内のあちこちから聞こえる悲鳴と銃声。
 校舎が崩落する地響き。
 それらがすん、と聞こえなくなり、
 代わりに目の前で私に手を伸ばす薫の口が開く。

「まどか!」

 その叫びは確かに私の耳に届き、私は笑顔で応える。

 卑怯でごめんね。でも、魔法に頼るのはこれで最後にするから。


 そして私は、私のこめかみに当てた拳銃の引き金を引いた。


 衝撃で頭が揺れ、私はその場に倒れる。
 片手で撃った反動で手から拳銃が離れ、拳銃は柵を越え学生棟と特別教室棟の間にある中庭へと落ちていった。
 体を揺さぶられる感覚で目をさますと薫の顔が目の前にあった。

「何してんだお前!」

 私が自暴自棄になったと思った薫は本気で怒っていた。
 そう思うのも仕方がないが、私なりに理由もあるのだ。もちろん、自暴自棄なんかじゃなく、私なりにポジティブな理由だ。
 私は立ち上がり、制服についた埃を払う。

「誰かを好きになる前に、まずは自分のことを好きにならないとなって」

 自分を好きになれば、自分の願いも、欲望も、自分自身も大切にできると思った。そして自分を大切にできる自分なら木原先輩へ本気でアタックできると思ったから。

 呆れている薫に私はシュシュを外し、手渡す。まとまっていた髪が解放され、冷たい風が髪の毛の隙間を縫って涼しい。
 妙に清々しい気分だ。

「もう占いには頼らないから!」

 私は心で復唱する。

 私は可愛い! 私は綺麗! 私は最強だ!

 そうすると、本当にそう思えてきた。拳銃の効果なのか、ただの思い込みなのか。体がウズウズしてきた。

 木原先輩に会いたい。

 ありのままの私のまま、木原先輩に会いたい。

「私、木原先輩のところに行ってくるね」

 振り返り、走り出したところで薫に呼び止められ、私は首だけで振り向く。

「頑張れよ」
「ありがと。薫は私たちの恋のキューピットだよ」

 私は軽くなった身体で勢いよく走り出す。