高梨会長はこう告げる。いつもの凛とした声で。

「私は好きという気持ちがわからない」
「……どういう意味ですか?」
「私はみんなのことを大切に思っている。男女共にかけがえのない友達もいる。私はみんなのことを大好きだと思っている。だけど、私の好きは、みんなの好きとは違うらしい」
「それはつまり、まだ好きになった人がいないってことですか?」

「まだ、か。未来のことは誰にもわからないし、私にだってわからない。だけど、今の私のことならわかる。まだ、じゃない。私は人を好きにならないんだ」

 天使は言っていた。恋愛に悩んでいる人に銃を授けると。

「恋愛をすることが当たり前で、人が誰かを好きになることが素晴らしいとされる世界が、私はとても、……とても苦しい。こんな腕時計までして、バカみたい」

 私のように恋が実らないという悩みではなく、
 高梨会長は恋がわからないという悩みだ。

 しかし、そんな考えがなかった。私はどうして木原先輩が好きだと胸を張って言えるのだろう。木原先輩のなにが好きで、自分のこの気持ちが好きだと確信していたのだろう。

「だけど、私は高梨マーガレット。みんなが憧れ、パパとママが誇る娘であるために、私はこんなくそったれた世界でも完璧に生きてみせる! そのために木原寛也と付き合うの! たとえ偽りのカップルでも私に釣り合う男性でないと意味がないからね」

 高梨会長は笑う。すごくさみしい、乾いた笑い声だった。

「はぁーあ、初めて言ったよ。こんなこと。ねぇ、どうしてかわかる?」

 ガチャコン、とレバーが引かれるような音が聞こえる。

「あなたも私のこのスナイパーライフル、L96AWSの餌食となり、誰にも言わせないようにするからよ!」

 発砲音とともに窓が一枚ずつ割られ、室内で銃弾が跳ね、棚の試験器具も破壊する。

「やめてください! 高梨会長!」

 強烈な騒音だ。耳も目も塞ぎ、うずくまることしかできない。このままでは騒ぎを聞きつけた先生や生徒が私を捕まえる。この部屋から脱出しようにも立ち上がれば狙撃される。
 どうすればいいのか!

「見つけましたよ! 私の好きな人!」

 目を開けると、床に散らばる無数のガラスの反射を受け、派手に照らされたロケットランチャーがこちらを向いていた。