「なんとお美しい。恥ずかしながらあなたに一目惚れをしてしまいました。あなたのためならば、たとえ火の中、水の中。何処へでも馳せ参じてみせましょう」 

 悦に浸りながら私への愛?を説く井上先輩にたじろいでいると薫に腕を引かれ、井上先輩が目をそらした隙にその場から逃げ出す。

「さぁ共に行かん、二人だけの世界へ!」

 南側の階段から教室棟二階へ逃げ込むと上の階から井上先輩の告白が響いて聞こえた。
 
 先ほどまで僕の話を信用していなかった藤野先生も生徒が倒れた、と聞くと慌ててついてきた。
 今更どう責任を取るつもりだ。生徒が撃たれてしまったのに。

「こっちです先生!」

 頭の中で、どう藤野先生を問い正そうかとシミュレーションをしながら職員室がある特別教室棟一階から渡り廊下を渡って教室棟三階へ。

 息も絶え絶え。じんわりと汗をかきながら現場に向かうとさっき撃たれたはずの生徒が辺りを見回しながら佇んでいた。

 僕たちに気づいた彼、三年生の井上渉先輩はどちらかというと静かなタイプの人だったと記憶しているが目の前にいる井上先輩からは妙に力強い圧を感じる。

「すまないが姫を知らないか? 照れて何処かへ隠れてしまったようなんだが」

 姫? と思ったがそんなことよりも重大な疑問がある。

「さっき、撃たれて死んだはずじゃあ……」
「あぁ、確かに死んだよ。姫に出会う前のつまらない私はもう死んだ! これからは姫にこの身を捧げる勇者として、剣士として、そしていずれは姫にふさわしい男、王として生きる、新たな人生が今始まったのだ!」

 ふははははははは。

 廊下を走るな、と注意する隙もないまま、井上先輩は走り去ってしまった。いや、そもそも今の僕にそんな余裕もなかった。目の前で起きまくる不可思議な現象に頭も心もキャパオーバーだ。

「安藤、少々mischiefが過ぎるんじゃないか」

 おでこのあたりの血管が浮き上がっている藤野先生。

「ち、違うんです……。これは誤解です先生!」
「こんなに迷惑な誤解をするようじゃあ、君にstudent presidentを任せることはできないな!」

 そう言い捨てると藤野先生は大きな足音と鼻息を校舎に響かせながらその場を去った。