世界の全てがゆっくりに感じる。

 より一層眩く、強く私たちを照らす夕日の沈む間際。校舎に当たって吹き上がる風が、スカートをふわりと膨らませる一瞬。私に向かって踏み出す薫の一歩。

 気づけば世界から音も消えていた。

 音楽室から漏れ聞こえた吹奏楽部の奏でる曲。校内のあちこちから聞こえる悲鳴と銃声。校舎が崩落する地響き。それらがすん、と聞こえなくなり、代わりに目の前で私に手を伸ばす薫の口が開く。

「まどか!」

 その叫びは確かに私の耳に届き、私は笑顔で応える。
 そして私は、引き金を引いた。

 一時間前。

 授業が終わって放課後。クラスのみんなは部活に行ったり、さっさと帰ったりで教室には私一人。そんな中、私、田中まどかは精神を研ぎ澄まし、全神経を指先に集中させていた。今なら、ちょっとしたビームくらい出せそう。

「まどか、帰るぞ」

 扉が開き、広村薫は私の前の席へと座る。

「もうちょっと待って。予約の受付が始まるから」

 薫とは母親同士の仲が良く、保育園の頃からの付き合いだ。だから年齢が一つ上で、男でも全く気にならない、いわゆる兄妹みたいな関係だ。だから今も、家が近いからよく一緒に帰っている。

「お前、そのシュシュ似合ってなさすぎ」
「これはね、幸運のシュシュ、しかも私のラッキカラー、黄色。これ以上ないでしょ」

 私は黄色いシュシュで束ねた髪の毛を右手でさっと?き上げる。さながらシャンプーのCMみたいに。なのに薫は私の髪もシュシュも見ていなかった。

「なにそれ」

 薫の指差す先には私の右手首に巻かれた深い青色の玉。

「あぁ、これ。ラピスラズリの数珠。運を高めてくれるの」

 その瞬間、卓上のスマートフォンが震えた。私はすぐに画面上に表示された予約ボタンを連打。それは百発百中の占い師、マダム野中の占いサイト。マダム野中は一日に一人しか占わず、その一人も前日にこうして誰よりも早く予約ボタンを押せた者と言うわけだ。そもそも恐ろしい倍率の中で選ばれる時点でかなり運がいいと思うけど。
 一回押せば待機中になってそのあと押しても意味がないけど、私は念を込めてなんども押す。