地獄の森最初の夜……
幸い、シモンは野宿をせずに済んだ。
魔物に襲われないよう木の上で眠らずに済んだ。
狩場の森には、騎士隊や王国軍が使用していたロッジ風の宿舎が残されていたからだ。
翌日からが大変であった。
戦闘経験が全くないシモンは教官のバスチアンと、はぐれないよう必死であった。
少しでも気を抜くと大けがをする。
命を落とす。
魔物に不意打ちで襲われ、喰われそうにもなった。
そんなシーンが何度も何度もあった。
バスチアン曰はく、この研修中に新入社員の1/4が命を落とし、半分も無傷ではすまず、けがで再起不能の重傷を負い、解雇されるという。
法の目を潜り抜けたダークサイドな契約書があるから自分から辞める事もままならない。
結局、1週間……
バスチアンは付きっ切りで、シモンに基礎トレーニングを徹底的に反復させた。
当然、シモンの精神面も鍛えるという名目で、とげつき木刀のさく裂は勿論、パワハラ、モラハラ等々、浴びせられる罵詈雑言《ばりぞうごん》の嵐であった。
皆さんは憶えているだろうか、冒頭のシーンを……
バスチアンが去ったその日の夜……
シモンが数百体のゴブリンに追われ、絶体絶命の寸前、猛炎の魔法で退ける事件があったのだ。
さてさて!
翌日は、新たな教官がやって来た。
しかし、バスチアンだけではない。
入れ替わりに8日目に来た魔法使い教官の、シモンに対する態度、仕打ちも、全く同じであった。
鑑定魔法は得手でも、攻防の魔法が全く未熟なシモンは、心身ともガンガン鍛えられる。
「おい、シモン! まずは基礎の呼吸法の練習! 1万回から始めてみろ!」
「は、はい!」
「呼吸法が終わったら、間を置かず言霊《ことだま》の詠唱訓練! 魔法使いのお前には常識だろうが、効率的な魔法発動の際に円滑な言霊詠唱が必要なんだ。基本スペルを同じく1万回、復唱しろ!」
「は、はい!」
「1万回唱えて覚えられんようなら、貴様は馬鹿のクズだ! 取り柄なしの最低ゴミ野郎だ! そんなゴミは、火炎魔法で容赦なくガンガン燃やしてやるわ!」
そして……
様々なスキルの教官がやって来た……
「このバカモノがぁ! 貴様は魔法無しだと火もろくにおこせんのか!」
「す、すんません」
「すんませんじゃない! 申しわけありませんだ! 腹の底から声を出せ! 滑舌《かつぜつ》をはっきりしろ!」
「はいっ!」
「火をおこしたら、次は水の、ろ過方法を教える。火と水。このふたつはサバイバルの基本なんだよ」
「は、はい」
「しっかり覚えないと、すぐ死ぬぞ!」
「はいっ!」
バスチアンが指導する基礎体力増強、俊敏さ、頑健さアップ、格闘術、剣技、水泳、高所作業以外にも……
攻防の魔法、治癒魔法、不死者《アンデッド》対策用の葬送魔法、サバイバル術、ディベート術、交渉術、そして肝心の商業……
数多《あまた》のスキルが、日替わりで何人もの教官によりシモンへ叩き込まれて行ったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
……日を追うにつれ、トレーニングレベルはどんどんアップしつづけ、練習量と苛酷さも著しく増えて行く。
一歩間違えば死ぬ訓練もあった。
否、殆どの訓練が死と隣り合わせである。
しかし、何とかシモンは乗り越え、生き延びた。
シモンは生き残る事に必死であった。
やばくなったら速攻で逃げた。
泥だらけになって這って逃げた事もある。
プライドはとうに捨てていた。
無様とか、恰好など考えていられなかった。
スキルを身に付けないと、本当に死んでしまう。
だから、学習意欲も高かった。
死んだら、ブグロー部長以下、商会側から自己責任だと厳しく言われるからだ。
しばらく経つうちに、シモンは自分でも驚いていた。
それまで全く興味がなく、未体験の事も、学んで来なかった知識も、どんどん習得し、スキルアップして行ったのである。
生と死の狭間といえる3週間が経ち……
シモンの『研修』も残り1週間となった。
最終段階へ入る。
ブグロー部長が見込んだのも伊達ではない。
元々、シモンに才能はあったらしい……
既に、何度も死にかけ……
数え切れないほど戦闘経験も積んだシモンは、かつて追いかけられたゴブリンなど今や単なる雑魚で、瞬殺レベル。
オーク数十体の群れにもひとりで圧勝。
並の人間では敵わない巨躯のオーガとも、臆せず渡り合えるようになっていた。
遺跡や迷宮につきもののスケルトン、ゾンビなど……
おぞましい不死者《アンデッド》も習得した葬送魔法がある程度上達したので、全く問題としていなかった。
また、シモン自身、真面目な性格は変わらなかったが、
ふてぶてしさも加わり、態度も堂々としていた。
本日の担当教官はバスチアンだ。
相変わらず、ランニングシャツに短パン姿である。
「シモン」
「おっす!」
「うむ! 完全にひよわさが消えたな……良い返事だぞ、てめぇ」
「おいっす!」
「ふん! 今日から実践に入る。トレジャーハンターとしての仕事の訓練を行うぞ! 限りなく本チャンに近い施設が、この狩場の森にあるのは知ってるな?」
「はいっす! ランニング、探索の際に目撃し、存じております、教官! 総合訓練場の名の通り、遺跡、迷宮、洞窟は勿論、山林、砂漠、川、沼……湖。海だけはありませんが、鍛えた自分の実力を存分に試す事が出来るであります」
「おし! 今日はふたりで行く。特別に俺様が付き合ってやる。明日からはひとりで行け!」
「了解でっす!」
「本日の課題をクリアしたら、俺が捕まえた、ゴブリンの丸焼きをご馳走してやる!」
「それだけはノーサンキューっす!」
「まあ、いい。行くぞっ!」
「おう!」
こうして……
シモンは1か月間における地獄のパワハラ特訓をクリア。
コルボー商会専属のトレジャーハンターとして、華々しくデビューする事となったのである。
幸い、シモンは野宿をせずに済んだ。
魔物に襲われないよう木の上で眠らずに済んだ。
狩場の森には、騎士隊や王国軍が使用していたロッジ風の宿舎が残されていたからだ。
翌日からが大変であった。
戦闘経験が全くないシモンは教官のバスチアンと、はぐれないよう必死であった。
少しでも気を抜くと大けがをする。
命を落とす。
魔物に不意打ちで襲われ、喰われそうにもなった。
そんなシーンが何度も何度もあった。
バスチアン曰はく、この研修中に新入社員の1/4が命を落とし、半分も無傷ではすまず、けがで再起不能の重傷を負い、解雇されるという。
法の目を潜り抜けたダークサイドな契約書があるから自分から辞める事もままならない。
結局、1週間……
バスチアンは付きっ切りで、シモンに基礎トレーニングを徹底的に反復させた。
当然、シモンの精神面も鍛えるという名目で、とげつき木刀のさく裂は勿論、パワハラ、モラハラ等々、浴びせられる罵詈雑言《ばりぞうごん》の嵐であった。
皆さんは憶えているだろうか、冒頭のシーンを……
バスチアンが去ったその日の夜……
シモンが数百体のゴブリンに追われ、絶体絶命の寸前、猛炎の魔法で退ける事件があったのだ。
さてさて!
翌日は、新たな教官がやって来た。
しかし、バスチアンだけではない。
入れ替わりに8日目に来た魔法使い教官の、シモンに対する態度、仕打ちも、全く同じであった。
鑑定魔法は得手でも、攻防の魔法が全く未熟なシモンは、心身ともガンガン鍛えられる。
「おい、シモン! まずは基礎の呼吸法の練習! 1万回から始めてみろ!」
「は、はい!」
「呼吸法が終わったら、間を置かず言霊《ことだま》の詠唱訓練! 魔法使いのお前には常識だろうが、効率的な魔法発動の際に円滑な言霊詠唱が必要なんだ。基本スペルを同じく1万回、復唱しろ!」
「は、はい!」
「1万回唱えて覚えられんようなら、貴様は馬鹿のクズだ! 取り柄なしの最低ゴミ野郎だ! そんなゴミは、火炎魔法で容赦なくガンガン燃やしてやるわ!」
そして……
様々なスキルの教官がやって来た……
「このバカモノがぁ! 貴様は魔法無しだと火もろくにおこせんのか!」
「す、すんません」
「すんませんじゃない! 申しわけありませんだ! 腹の底から声を出せ! 滑舌《かつぜつ》をはっきりしろ!」
「はいっ!」
「火をおこしたら、次は水の、ろ過方法を教える。火と水。このふたつはサバイバルの基本なんだよ」
「は、はい」
「しっかり覚えないと、すぐ死ぬぞ!」
「はいっ!」
バスチアンが指導する基礎体力増強、俊敏さ、頑健さアップ、格闘術、剣技、水泳、高所作業以外にも……
攻防の魔法、治癒魔法、不死者《アンデッド》対策用の葬送魔法、サバイバル術、ディベート術、交渉術、そして肝心の商業……
数多《あまた》のスキルが、日替わりで何人もの教官によりシモンへ叩き込まれて行ったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
……日を追うにつれ、トレーニングレベルはどんどんアップしつづけ、練習量と苛酷さも著しく増えて行く。
一歩間違えば死ぬ訓練もあった。
否、殆どの訓練が死と隣り合わせである。
しかし、何とかシモンは乗り越え、生き延びた。
シモンは生き残る事に必死であった。
やばくなったら速攻で逃げた。
泥だらけになって這って逃げた事もある。
プライドはとうに捨てていた。
無様とか、恰好など考えていられなかった。
スキルを身に付けないと、本当に死んでしまう。
だから、学習意欲も高かった。
死んだら、ブグロー部長以下、商会側から自己責任だと厳しく言われるからだ。
しばらく経つうちに、シモンは自分でも驚いていた。
それまで全く興味がなく、未体験の事も、学んで来なかった知識も、どんどん習得し、スキルアップして行ったのである。
生と死の狭間といえる3週間が経ち……
シモンの『研修』も残り1週間となった。
最終段階へ入る。
ブグロー部長が見込んだのも伊達ではない。
元々、シモンに才能はあったらしい……
既に、何度も死にかけ……
数え切れないほど戦闘経験も積んだシモンは、かつて追いかけられたゴブリンなど今や単なる雑魚で、瞬殺レベル。
オーク数十体の群れにもひとりで圧勝。
並の人間では敵わない巨躯のオーガとも、臆せず渡り合えるようになっていた。
遺跡や迷宮につきもののスケルトン、ゾンビなど……
おぞましい不死者《アンデッド》も習得した葬送魔法がある程度上達したので、全く問題としていなかった。
また、シモン自身、真面目な性格は変わらなかったが、
ふてぶてしさも加わり、態度も堂々としていた。
本日の担当教官はバスチアンだ。
相変わらず、ランニングシャツに短パン姿である。
「シモン」
「おっす!」
「うむ! 完全にひよわさが消えたな……良い返事だぞ、てめぇ」
「おいっす!」
「ふん! 今日から実践に入る。トレジャーハンターとしての仕事の訓練を行うぞ! 限りなく本チャンに近い施設が、この狩場の森にあるのは知ってるな?」
「はいっす! ランニング、探索の際に目撃し、存じております、教官! 総合訓練場の名の通り、遺跡、迷宮、洞窟は勿論、山林、砂漠、川、沼……湖。海だけはありませんが、鍛えた自分の実力を存分に試す事が出来るであります」
「おし! 今日はふたりで行く。特別に俺様が付き合ってやる。明日からはひとりで行け!」
「了解でっす!」
「本日の課題をクリアしたら、俺が捕まえた、ゴブリンの丸焼きをご馳走してやる!」
「それだけはノーサンキューっす!」
「まあ、いい。行くぞっ!」
「おう!」
こうして……
シモンは1か月間における地獄のパワハラ特訓をクリア。
コルボー商会専属のトレジャーハンターとして、華々しくデビューする事となったのである。