ロジエ魔法学院の教師として契約した翌日は日曜日であった……
 ダークサイドなコルボー商会に散々こき使われ、シモンは曜日の感覚が完全に欠落している。
 シモン・アーシュは社会人になって以来、ひさびさにのんびりし、王都の街中へ出ていた。

 いつも着ていた革鎧から気分を一新する為、セカンドハンド、中古なのだが、買ったばかりの濃紺の法衣(ローブ)を着込んでいる。
 こうなると、トレジャーハンターないし冒険者という出で立ちが魔法使いらしくなるから不思議だ。

 無事に新居も決まり、引っ越しは明後日。
 現場でバイヤール商会の不動産部スタッフと待ち合わせ。

 このスタッフからは高級アパート、マンションも含め、8軒の新居候補を見せられたが……
 結局、借りたのは去年建てられた、新築同然の貸家となった。
 
 学院から徒歩3分、5LDKのバルコニー付きの2階建て、そこそこ広い敷地には芝生が植えられた庭&地下室&馬車駐機場付きの貸家である。
 
 この貸家はバイヤール商会の所有という事もあり、家賃は月額金貨50枚のところが、
 格安の、何と金貨15枚。
 諸経費を入れても金貨20枚。
 礼金、敷金なし、更新料も不要。
 結果、充分、住宅手当で支払える金額となった。
 シモンが居住してみて気に入れば、市価の半額以下で売ってくれるとも告げてくれた。
 さすが大学の良き先輩で上司アレクサンドラ・ブランジェ伯爵の力、いろいろと融通がききまくりであった。

 この新居へ持って行くのは、魔導書と商品の図鑑が各数冊。
 少しの家財道具。
 これらは少し前に習得したばかりの高位空間魔法を行使。
 生成した倉庫代わりの異空間へ放り込んであった。

 それゆえ極めて身軽な引っ越しである。
 愛着があってまだ使用可能なもの以外は、全て廃棄したのだ。
 ちなみにつぎだらけのブリオーは、母の手縫いの為、大切に保管している。

 これからの新生活で使う家財道具は、ほとんどをバイヤール商会で購入した。
 商会は、契約した新居に配達してくれるはずだ。

 シモンは燃えている。
 希望した男子校ビータル魔法学院ではなく、女子校のロジエ魔法学院の魔法教師ではあった。
 だが、とりあえず教師&公務員となる希望は叶ったのだ。

 それに心の中で、内なる声が告げていた。
 これからは、気持ち良く仕事が出来ると。

 まずは母へ仕送りをする為に、ティーグル王立魔法銀行へ……
 いきなり桁違いな大金を送り、驚かせ過ぎてもまずい。
 なので、金貨100枚だけを送金しておく。
 こまめに送金した方が母もシモンの無事を知り、喜ぶであろう。
 「無事転職が決まり、契約金」として貰ったと母宛の手紙も出しておく。

 さてさて!
 鼻歌を歌いながら、シモンがやって来たのは、王都の書店通りである。
 この書店通りは、王都商館街区の奥へ入った中の横道にあった。

 20軒余りの書店が(のき)を連ね、子供向けの本から大人向けの本まで、
 この大陸の殆どの書物が手に入る場所である

 当然その中には魔導書専門の店もあり、品揃えも充実はしていた。
 古本屋も含めておびただしい本の中から好きな本や掘り出し物を探す楽しみもあり、敢えて、そのような店で目指す専門書を探すのが好きな者も居た。

 まだ教師の研修を受けてはいないが……
 アレクサンドラからは、新人教師のシモンを魔道具研究の教師、
 つまり学院の生徒達を「魔法鑑定士に育成する担当に」と告げられた。

 当該の教科書は、与えられた他目の参考書とともに、昨夜一気に読み、
あっさり暗記してしまった。
 という事で、何か良い参考書がないと探しに来たのである。

 そもそもシモンは、読書が大好きである。
 子供の頃から魔導書や専門書以外に、小説や伝記、旅の紀行文などほぼ何でもござれ、いわゆる乱読派なのである。

「うっわぁ! すっげぇ解放感!! こうして、ゆっくり大好きな本が読める日が来るなんて、思いもよらなかった。一生ダークサイドな商会でこきつかわれる覚悟をしてたからなあ……最高だ。それも仕事を兼ねてるし」

 独り言ち、にんまり満足そうに笑ったシモンは、行きつけである、
 書店通りのとある一軒の書店へ入って行った。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「わははは、大漁! 大漁だぁ!」

 シモンはますます機嫌が良くなっていた。
 数軒の書店を巡り、大好きな本の中にたゆたいながら、欲しい本を10冊ほど手に入れたからである。
 本を魔導ディバッグへ放り込むと、背負って書店通りを後にする。

 魔法鑑定士として更に上を目指すシモンは、これまた少し前に習得した付呪魔法(エンチャント)に磨きをかけようとしていた。

 補足しよう。
 付呪魔法(エンチャント)とは、属性を含めた種々の魔法効果を、商品に込める魔法である。

 たとえば回復の指輪というアイテムがあったとしよう。
 これはベースとなる指輪へ、術者が治癒の魔法を半永久的に効果が継続するよう特別に魔力を込めたものである。
 また炎の剣ならば、通常の剣へ火属性の魔法効果を込めたものなのだ。

 魔法鑑定士には、付呪魔法を使いこなす魔道具製作のスキルを持つ者が存在するが、鑑定士としての格が一気に上がるといえよう。

 シモンは、行使する空間魔法を更に極め、付呪魔法を完璧にし、収納の魔道具を作りたいと考えていたのだ。

「さあて、昼だ。ランチにするかっ!」

 トレジャーハンターをやっている頃、食事は殆ど野外だった。
 遺跡や迷宮の中での食事も多かった。
 
 狩場の森で修行していた頃は教官のバスチアンにより……
 具体的な名は伏せるが……
 数多(あまた)の昆虫、両生類、類爬類など、
 いつもなら絶対に口にはしないゲテものを、サバイバル術の一環として、無理やり食わされた事もある。
 
 まともな食事!
 それはシモンにとって、大いなる憧れであり、現在は大きな楽しみのひとつである。

 少し歩いて、中央広場へ出たシモンは、露店が建ち並ぶ方へ歩いて行った。

 露店の周囲は美味そうな匂いに満ちていた。

 シモンは、新鮮な豚と鶏の串焼き、種々の素材を使ったパテ、ラグー、そして焼き立てのライムギパン。
 香り高き紅茶も購入。

 補足しよう。
 パテとは、肉や魚などの具材を細かく刻み、ペースト状あるいはムース状に練り上げた料理だ。
 ラグーとは、簡単に言えば煮込み料理。
 ミートソースもラグーの一種である。

 シモンは、露店の周囲に並べられたテーブルの空いている席に陣取り、片端からぱくつく。

「おお! うんめぇ!! やっぱ虫や蛙より美味いっ! 最高だっ!」

 あっという間に、完食。
 紅茶を飲み干して、帰宅しようとした時。
 聴覚が常人の数倍あるシモンの耳へ、

「な、何をするのですっ! は、放しなさいっ!! ぶ、無礼者っ!! い、い、嫌ぁっ! だ、だ、誰か! た、助けてぇぇぇっっ!!!」

 救いを求める少女らしき悲鳴が聞こえて来た。
 
 シモンは肩をすくめると、ダッシュ。
 声のする方向へ、全速で走り出したのである。