シモンは、アレクサンドラと共にロジエ魔法学院本校舎の見学を続けていた。

 1階の広々としたロビーを見て、思い切り開放的な気分になる……
 更に地下へ降り、豪華で美味そうな、そして手ごろな価格のメニューが並ぶ、
 清潔でお洒落なカフェ風の学生食堂を見学した。
 
 この素敵な学生食堂は、教員も利用可能だという。
 可憐な女子達に囲まれ、楽しく食事するシーンを、シモンはつい想像してしまった。

 地上へ戻り、キャンパスを歩けば、中央には巨大な噴水が人口池の真ん中で勢い良く吹き上がり、敷地は一面青い芝生が植えられている。
 まるで公園のように広大。
 こんなキャンパスなら、のびのび出来る……

 ここは……まるで別世界だ!!!
 底辺みたいなコルボー商会の任地と比べたら、雲を突き抜けるような頂点なんだっ!
 
 ソルシエール魔法学院は、まさに楽園《エデン》!!
 そうさ! 汗臭いソルシエ魔法学院なんかよりも、数倍凄いっ!!!
 

 シモンは大いに感動していた。

 キャンパス内にある別棟の特別教室、研究棟の研究室も設備や備品は素晴らしい。
 ロッカー兼用の個室として与えられる研究室も、広さは2LDKのマンション風。
 書斎風の作業室、書庫、泊まり込みで研究作業が出来るように仮眠室、風呂と簡単な炊事場が付いており、大満足である。

 学生には必須の施設、図書館も独特なデザインで、中央が大きな吹き抜けとなっていた。
 地下倉庫も含め、魔導書を中心に蔵書は10万冊以上という素晴らしさ。
 シモンは再び大いに感動した。
 
 ちなみに学生寮は女子専用だから外観だけ見たという落ち。
 
 精悍な王都騎士と屈強な警備員が詰める保安室を見て、安心し……
 最後に事務方の職員が笑顔で働く管理事務所もじっくりと見て、シモンの心は決まった。
 
 返事は数日後でも構わないとアレクサンドラには言われたが……
 シモンは再度契約書を、じっくりと、且つていねいに読み込んだ上で、しっかりと自分の名をサインしたのである。

 これで!
 シモン・アーシュの運命は完全に変わった。
 
 超ダークサイドなコルボー商会所属のトレジャーハンターから、超ライトサイドなロジエ魔法学院の教師へ、華麗な転身となったのだ。

 契約書へ、シモンがサインをした瞬間。
 アレクサンドラは、自分の事のように大喜びしてくれた。

 シモンは、遠き田舎に残して来た、いつも優しく穏やかな母を思い出す……
 
 稼いだ売り上げはほとんどコルボー商会に搾取(さくしゅ)されていた為、
 与えられたわずかな給金から、少ないながら、毎月母に仕送りを続けてもいた。
 
 余計な心配をさせると身体にさわるから、コルボー商会における辛い日々の事は一切伝えていない。
 
 しかし、ようやくこれで母に安心して貰える。
 堂々と、職業を名乗る事が出来る。
 母は故郷に執着しているから、無理に王都で一緒には住もうと思わない。
 だが、仕送りの金は一気に増やせるだろう。

 段取りが整っていたらしく、早速、身分証明書が作成された。
 
 シモン・アーシュと名前が記載されたロジエ魔法学院の教師である事を証明する
 ミスリル製の金属カードである。
 ちなみに、ティーグル王立魔法銀行のカード機能も備えられていた。

 シモンの銀行口座とカードをリンクさせ、アレクサンドラは早速、金貨10,000枚を振り込んだ。

「シモン君」

「はい、理事長」

「今日はこれで終わりよ。初出勤及び教職員への正式な紹介は今日から、1週間後ね。一般教師の定時出勤は、朝7時30分だから、宜しくね。部活を受け持ったら、朝練習がある場合、もっと出勤時間が早くなるわ」

「はい、了解しました。1週間後の朝7時30分に出勤ですね」

「ええ、そこから1週間もろもろの研修を受け、ウチに慣れて貰うわ。ビータル魔法学院の教育実習を行ったのなら、大体理解しているでしょうけど」

「はあ、行けると思います」

「1日、1週間と実際に職員室等で教師の実務を体験して貰うから」

「成る程」

「その上で、担任の先生と一緒に授業をして貰いながら、1か月間、1年間の流れにも慣れて貰うわ」

「はい、了解しました」

「1年間の流れを理解して貰い、ろいろ段取りを組んでから、生徒への紹介は更にその1週間後。副担任として教師デビューして貰うの」

「了解です」

「それと住所だけど、出来れば引っ越して欲しいわ。シモン君の、今の住所は治安が悪いから」

「ええっと、もろもろ分かりました。とりあえず引っ越します。住宅手当は月額金貨20枚も頂けるんですよね。凄いっす」

「ええ、そうよ。どこか素敵なアパートか貸家を探してね」

「了解です」

「もし不動産屋のあてがないのなら、ブランジェ伯爵家御用達、バイヤール商会を紹介するわ。不動産部があるから、スタッフに案内して貰えば良い。支店長ラウル・フィヨンへ私の名を出せば悪いようにはならないはずよ」 

「ありがとうございます」

「何か、他に買い物があるのなら、それもラウルへ言って。そうそう、通勤及び授業用の服も買ってくれる?」

「服ですか?」

「ええ、今、シモン君が着てる冒険者っぽい革鎧(かわよろい)とかじゃ、あまり宜しくないから。そうね……派手じゃない渋めの法衣(ローブ)みたいなものがいいわ」 

「了解しました。結構、物入りですね。まあ契約金が10,000枚とたっぷりあるから、大丈夫ですけど」

 シモンの言葉を聞いたアレクサンドラは考え込む。

「……物入りか、う~ん。……そうね」

「???」

「よっし! 決めた!」

「はあ? 何をですか?」

 首を傾げるシモンへ、アレクサンドラから告げられたのは、大盤振る舞いともいえる朗報である。

「思い切って、シモン君へは支度金(したくきん)もあげちゃう! プラス金貨1,000枚ノータックスでどうかしら!」

「ええええええっ!?」

「金貨1,000枚あれば、思いっきり買い物が出来るわよ。好きなものをいっぱい買って! 気分転換&ストレス発散にもなるでしょ?」

 まさに至れり尽くせり……
 怖ろしい地獄から、一年中、温かな春のように天国となった。
 
 搾取され続け、赤字の月もあった、ろくに給金が支払われないダークサイドなトレジャーハンター生活から……
 素晴らしい環境でバリバリ仕事が出来るライトサイドな魔法教師へ……
 
 金貨10,000枚の莫大な契約金に加え、支度金の金貨1,000枚。
 毎月支払われる結構な給料金貨40枚&確実に支払われる残業代。
 住宅手当を始め、もろもろの厚い手当て、そして明るく素敵な職場と……
 シモンは改めて、大きな幸せを得た実感を噛み締めていたのである。