笑顔の校長リュシーこと、リュシエンヌ・ボードレールに見送られ、次に訪問したのは同じ4階の教頭室。

 次に紹介する教頭もシモンと同じく『転職組』だと、事前にアレクサンドラから聞いていた。
 教頭室と看板が下がった扉の前に立ったアレクサンドラは、再びリズミカルにノックした。
 これまた大きく砕けた口調で声をかける。

「は~い、レナ、居るぅ?」

 校長室同様、すぐに教頭室からは返事があった。
 低く、落ち着いた声である。

「居ります。……理事長、ご用件は?」

「貴女の部下になる男子を連れて来たわ。紹介するから」

「部下の男子? ああ、理事長が新任教師の候補と仰っていた、トレジャーハンターの子ですか?」

「そうだよ~ん」

「……分かりました。お入りください」

 アレクサンドラが扉を開けると、室内は先ほど訪れた校長室と同じくらいの広さである。
 
 しかしこの部屋の主は、リュシーとは全くタイプが違っていた。
 背はリュシーと同じくらいだが、髪はややブラウンに近い美しい金髪。
 30代後半だろうか……
 静かに鋭い視線を投げかける瞳は美しいグリーンである。

「紹介するわ、シモン君」

「はい」

「彼女は教頭のエレン・デュノア女史。私は愛称のレナで呼んでるけど」

「シ、シモン・アーシュです。よ、宜しくお願い致します」

「エレン・デュノアです。……宜しく」

 エレンからはひどく冷たい印象を受ける。
 
 リュシー先輩と違って、ちょっと苦手なタイプかも……
 こちらからは積極的に話しかけられない。

 シモンはアレクサンドラのフォローを待つ事にした。

「エレンもシモン君の先輩。魔法大学の卒業生。一応、苦学生だっけ?」

「いえ、理事長。自身で大学の学費を払っていましたが、私は苦学生ではありません」

「うふふ、だよね! 腕利きの冒険者だったものね。すっごくい~っぱい稼いでいたでしょ?」

「ノーコメント。昔の話です……いきなり冒険者ギルドから呼び出しがあり、理事長がノーアポで、私をスカウトに来るとは思いませんでしたけど」

 ここで、アレクサンドラからエレンが魔法女子学園へ来る事になったエピソードを話してくれた。
 エレンが『(ルー)』と呼ばれたランクAの冒険者だった事。
 シモンと同じく、アレクサンドラが自ら足を運び、冒険者ギルドでスカウトした事等々。

 次にアレクサンドラは、シモンについて簡単にプロフを話してくれた。

「ケリー、シモン君もね、新進気鋭で結構な評判のトレジャーハンターなのよ」

「ええ……知り合いの上級冒険者(ランカー)から、シモンさんの名前は聞いた事がありますよ。ちょっと良いかしら、シモンさん、ひとつだけアドバイス」

「は、はい」

「邪悪な勤務先から解放されたら、そのままフリーでやるか、冒険者になっても良かったのに……その方がウチの学園で教師やるより稼げるわ」

「は、はあ……」

「まあ、シモンさんの人生だし、私には関係ない。後悔しない選択をする事だわ」

 エレンは、表情を全く変えず、淡々と言い放った。

 シモンをスカウトしたいアレクサンドラの意向に、真っ向から反するようなエレンの発言。
 アレクサンドラは、苦笑している。

 こんな時、質問を返してはいけない気がしたが、シモンは聞かずにはいられなかった。

「じゃあ、先輩はどうして、魔法教師を選んだのですか?」

 思い切ってシモンが質問すると……何? この子?という表情をエレンはした。
 シモンの顔を見て、冷たく微笑む。

「ノーコメント。貴方が教師になれば、分かるかもね」

 ここでアレクサンドラが、タイムアップを告げた。
 結局、エレンは明確な答えをくれなかったのである。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 次にアレクサンドラは、シモンを職員室へ連れていった。
 と、いっても校長、教頭以外の教師には契約後に紹介という事前の話通り、
 室内には入らず、入り口から中を見せたのみである。

 シモンの席が設けられるという職員室は、広くて綺麗で明るかった。
 お洒落なデザインの教師用の机が並んでいた。

 各教師の席、机上はきちんと整理されている。
 女子らしいマスコット的小物も置いてあった。
 シモンは大満足である。
 
 そしてふたりは学園内を回って行く。

 ここまで歩いて来て、シモンは嬉しかった。
 本校舎内は、外壁同様、白く清潔な壁であり、ちりひとつ落ちてはいない。
 隅々まで清掃が行き届いていた。
 
 思わずシモンは苦笑した。
 前職で自分がはいずりまわっていた、暗く汚く危険と3拍子揃った遺跡や迷宮とはえらい違いだと……

 魔法女子学園の白亜の本校舎は、清々しい魔力に満ちあふれていて、歩くだけで気分が良くなって来る。

「3階が教室。2年生、3年生が3クラスずつよ」
「2階は、1年生の教室3つ、生徒会室、ロッカールーム」

「了解っす」

 職員室同様、アレクサンドラとシモンは教室の中へ入らず、各階層で授業風景を見守った。
 当然であるが、女子女子女子……女子だらけであり、シモンは圧倒されてしまった。
 はっきりいって、少しびびっている。
 そんな自分にちゃんと授業が出来るのかと、少し不安になった。

「先輩、新人教師の俺は先ほどお聞きしたように、最初、副担任とかですね?」
 
「そうね。1年副担任を務めて貰い、その後、貴方を正式な担任にする予定よ」

「安心しました。では、そのように認識しておきます」

「うふふ、契約に前向きとなって来たわね?」

「はあ、まあ、そうなってます」

「うん! 宜しい! そして1階が受け付けに、打合せブース、ロビーがあるの。そして地下は学生食堂。私達教職員も、生徒と一緒に利用可能よ」

「成る程……」

「あ、そうそう、今回紹介した3人とも、同じ魔法大学の先輩だから紛らわしいわ。私アレクサンドラの事は学園では理事長、学園外ではサーシャ先輩と呼んで頂戴(ちょうだい)

「りょ、了解しました」

 アレクサンドラは、シモンが契約に応じると確信しているようである。
 そんなアレクサンドラに圧倒されながら、シモンは契約OKを前向きに考えていたのであった。