アレクサンドラは理事長である。
 ロジエ魔法学院ではトップ。
 彼女は一番偉いはずだ。

 なのにどうして?
 と、シモンは不思議に思う。
 不思議に思うその理由とは……

「ええっと、先輩。ひとつお聞きしますけど」

「なぁに?」

「先輩は普段は大変お忙しいのですよね?」

「ええ、毎日すっごく多忙よ。目が回るくらいにね」

「それなのに自ら、学院内を案内して頂けるとか、そもそも俺へのスカウトだって、わざわざ直接いらして頂いたとか……秘書さんとか代わりの方にお任せするとかしないのですか?」

「え? どうしたの? 今更?」

「いや、ホント俺如きに……学院トップの理事長が自らって」

「だからぁ、シモン君。何度も言わせないで。全然俺如きじゃないですって。君はね、私が見込んだ有能で大事な人材なの」

「そう言って貰えると、本当に嬉しいですけど……」

「さあ、行きましょ」

 アレクサンドラが先導し、シモンは後をついて行く。

「今まで私達が居た5階全てが理事長室。つまり私専用の部屋ね」

 シモンが居た応接室以外に、執務室兼用の広い書斎には魔導書がぎっしり、そして理事長専用の広々とした会議室、更に様々な魔道具が大量に置いてある研究室等々、理事長エリアは空間を贅沢に使っていた。
 各所に置かれた調度品は豪華で金にあかせた貴族的なものというより、渋くてセンスの良いものが多い。
 それが、シモンには好ましい。

「はあ、5階は全て理事長エリアですか? 凄いっすね。広いっすね、その上、超豪華です」

「まあ、ね。魔道具と魔導書が一番、場所取ってるけど。あ、自宅はもっと凄いわよ。私、魔法オタクって言われてるから」

「魔法が大好きなんですね」

「ええ、私にとって、魔法の研究は命だから!」

「俺も魔法好きですけど……先輩を見習います」

「うふふ、嬉しい事、言うじゃない」

 1階のホールから理事長室へ上がる際は、魔導昇降機を使い、一気に昇ったが……
 今度は階層ごとの案内なのでふたりは本階段を1層ずつ降りて行く。

「4階が校長室、教頭室、職員室、そして職員専用の会議室。シモン君は職員室に席を置く事になるわ」

「成る程、そうでしょうね」

 ここで、アレクサンドラはつかつかと、ひとつの部屋の扉の前に立った。
 掲げてある部屋の名札をシモンが見れば、校長室のようである。
 スカウト中のシモンを紹介する意図のようだ。
 
 アレクサンドラは扉をリズミカルにノックする。

「は~い」

 女性の声で返事があった。
 対して、アレクサンドラは大きな声且つ砕けた口調で告げる。

「お~い、リュシー、私だぁ~」

「は~い、理事長、今開けるよ~」

「入室OKなら、私が扉を開ける。例の子連れて来たからさぁ。リュシーへ紹介するよ」

「え? 例の子? うわ、お宝ハンターでしょ? 楽しみ~」

「違う! お宝ハンターじゃなく、トレジャーハンター」

「わお! 失礼! でもやる事は一緒だよね」

 明るい声が返って来る。
 校長は女性で……
 アレクサンドラ同様、細かい事にあまりこだわらない性格らしい。

 苦笑したアレクサンドラは、シモンへ告げる。

「まあ、良いか……シモン君」

「は、はい」

「君はまだウチと契約を交わしていないから、正式な紹介は校長と教頭だけにしとくよ。……他の人は成り行きかな」

「はあ、ですよね」

「さあ、入って、校長を紹介するわ」

 にっこり笑ったアレクサンドラはゆっくりと、校長室の扉を開けたのである。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 アレクサンドラと共に、校長室へ入ったシモン。
 正面に校長が立っていた。

 シモンが見やれば、アレクサンドラより少し年下のすらりとした女性である。
 金髪碧眼のアレクサンドラと好対照の綺麗な栗毛。
 少したれめ君の目と鳶色の瞳を持っていた。
 やはり貴族らしい。

「リュシエンヌ・ボードレールです! 宜しくねぇ、シモン君」

 成る程、リュシエンヌだから、愛称がリュシーか。
 明るくて気さくだ。
 この人なら、女子が苦手の自分でも何とか話せそうだ。

「シ、シモン・アーシュです。は、初めまして」

「宜しくねっ! シモン君……君は相当な術者ね。魔力量がもの凄いもの」

「あはは、リュシーにも分かる?」

「分かりますよ、理事長。それに彼が持っている魔法やスキルも相当な高レベルですよね?」

「うん! 凄いわよ。それなのにとっても奥ゆかしいの。世間には自分の力を過信して根拠のない自信を振りかざす(やから)が多いじゃない? 謙虚なシモン君はウチには適任よ」

「うんうん、理事長の人を見る目は確かですもの」

「あはは、リュシーを除いてね」

「ひっど! ……それで理事長、シモン君と正式な契約は?」

「まだよ。いろいろ見てから決めたいって」

「そっか! シモン君」

 リュシーはシモンへ向き直った。

「は、はい」 

「ウチは働きやすい職場だよ。理事長から聞いたと思うけど、君を迎える為に、私もいろいろ対応しようと思ってる」

「いろいろ対応?」

「ええ、ウチの生徒は勿論、教職員も全てが女子。だから男子専用のロッカーがないの。別棟の研究室をひと部屋、ロッカー兼用で提供しようと思うのよ」

「え? 俺、新人教師なのに研究室が頂けるのですか?」

「あはは、特例。それにロッカー兼用よ」

「あは、リュシー。ナイスアイディア」

「同意頂き、嬉しいですよ、理事長。私は他にもシモン君の為にいろいろ考えてる。正式契約したら、気軽に相談してねぇ」

 ほがらかに笑うリュシー。
 そして、アレクサンドラも柔らかく微笑む。

「うふふ、シモン君」

「は、はい」

「リュシーも魔法大学の卒業生なの。つまり君の先輩。面倒見が良い子よ。私が4年の時、新入生として入学して来たわ」

「うふふ、以来、腐れ縁って事になりましたね~。当時サーシャ先輩はすっごく怖かったけど、だいぶ丸くなりましたよね~」

「それは、お互い様。貴女だって、昔は相当とんがってたでしょ?」

 リュシー、サーシャと愛称で呼び合う長き付き合いの先輩と後輩。
 ざっくばらんに話すふたりを見ていると、シモンは心が温まる。
 微笑ましく、羨ましくもなる。
 苦学生の自分は大学とバイト先の往復だった。
 このような交流は学生時代、皆無であったから。

 シモンは修行の末、習得したスキルで分かるのだ。
 ふたりが交わしているのは普段通り。
 演技などしていない。
 そんな魔力の波動が伝わって来る。

 こんな素敵な上司達と一緒に仕事をしてみたい。

 シモンの心は、大きくロジエ魔法学院就職へと傾いたのである。