コルボー商会が当局の一斉手入れにより壊滅し、廃業に。
 結果、無職(プー)となったシモン。
 否、身も心も解放され、自由になったと言って良いだろう。

 そして無職イコール、フリーとなったシモンを、まるで計ったようにスカウトした王立ロジエ魔法学院理事長のアレクサンドラ。

 ふたりを乗せた馬車は、正門のチェックを受けた上で、王立ロジエ魔法学院内へ滑り込んだ。

 王都の貴族街区にほど近いロジエ魔法学院。
 この学校は、この世界でも有数の魔法王国たるティーグルの国策として、優れた女子の魔法使いを専門に育成する魔法学校である。

 入学は15歳以上の女子で、ティーグル王国民なら誰でも入学試験を受けられる。
 但し、一定の体内魔力を有し、筆記実技とも高レベルの試験に合格しないと入学は出来ない。
 また莫大な入学金、高額な授業料、教材費ともに経済的負担も大きいので、入学する生徒は王族、貴族もしくは富裕な商人の令嬢が多い。
 
 入学金、授業料が免除になる特待生制度もあるが、各学年3クラスある生徒の中で、トップの成績を維持しなければならず、とんでもなく高難度だ。

 3年間じっくり魔法と実技、淑女の教養を身に着けた上で、殆どの生徒はシモン、アレクサンドラの母校たるティーグル王立魔法大学へ進学するのだ。 
 
 魔法省の試験、つまり国家公務員試験に不合格となったシモンは、対となる男子校ビータル魔法学院教師の就職を望んだ。
 だが、魔法大学の就職課の職員から、教員の募集は終わったと言われていたのだ。

 そもそも、両校の違いは通う生徒の性別のみである。
 授業内容は殆ど変わらない。

 何故、シモンはロジエ魔法学院を志望しなかったのか?
 答えは……
 まず第一志望がダントツで魔法省の職員。
 つまり国家公務員だった事。
 
 次に女子に全く縁のなかった地味で陰キャの自分が……
 華麗なイメージの女子の園、ロジエ魔法学院にて……
 高嶺の花たる可憐な女子学生達へ、魔法や勉強を教えるイメージが全く湧かなかったのだ。

 さてさて!
 学院内へ入った馬車は駐機場へ到着し、止まった。
 すかさず御者が飛び降り、扉を開けた。

 まずアレクサンドラが馬車から軽やかに降りた。
 続いて、シモンも「ひらり」と降りる。

 超が付くくらい厳しかったパワハラ訓練、生と死の狭間に立ったトレジャーハンターの仕事が頼りなかったシモンを大いに変身させていた。

「さあ、こっちが本校舎よ。着いて来て」

 アレクサンドラが向かう先には白亜の校舎がそびえていた。
 とんでもなく大きい。
 シモンが見やれば、1,2,3,4,5階建てであり、ぐいっと迫るような威容を誇っていた。

「は、はあ……でも、先輩。本当にこんな俺なんかで良いんですか?」

「またこんな俺って、もう、しつこいわね。言ったでしょ、私自らが全部調べたって。自信を持って! シモン君はウチの教師に適任なのよ」

「はあ、俺が適任って、んな馬鹿な!」

「あはは、用心深いわね? その慎重さは、危険な遺跡に潜って探索するトレジャーハンターの心構え?」

「いやあ、トレジャーハンターは関係なく、自信自体が100%ないっす……自分が女子相手の魔法教師なんて、まるでピンと来ないっすよ」

「良いから、黙ってついて来て!」

「分かったっす」

 アレクサンドラが先頭に立ち、たったっと歩いて行く。
 さすが理事長。
 背筋がピンと伸び、胸を張り、どうどうとしたたたずまいだ。
 彼女に比べ、シモンはやや猫背気味に歩く。
 貧相な感じは否めない。

 キャンパスには何人か魔法女子学院の生徒が歩いている。
 アレクサンドラへ気付いて、挨拶をする。

「理事長! ごきげんよう」
「ごきげんよう! 理事長!」

「あら、ごきげんよう!」

「……………」

 明るくはつらつとした16、7歳の女子生徒。
 まさに青春真っただ中。
 可憐で健康的な若さに満ちあふれていた。

 若いって良いな……などと、ついシモンは考えてしまった。
 自分だって、まだ24歳にも届いてもいない年齢なのに、すっかり忘れている。

 すれ違ってから、面白そうに「くすくす」笑う女子生徒の声が背中へ追いかけて来た。
 女子の学校には全く場違いな自分が、思い切りネタにされ笑われている気がして……
 シモンは、気分がますます重くなってしまった。

 比例してシモンの足取りはぐっと重くなり……
 相変わらず颯爽(さっそう)と歩くアレクサンドラへ続き、元気なく学院の本校舎へと入って行った。