ダークサイドなコルボー商会は当局の手入れにより、壊滅、倒産。
 どこかの破邪魔法のように光の中へ消え去った。 

 ならば、もうここに用はナッシング。
 思い切り「ざまあ」も出来たし、フェードアウトしよう。
 
 としたシモンの居る部屋へ、
 金髪碧眼(きんぱつへきがん)端麗(たんれい)
 ひとりの美しい貴族女性が登場した。
 
 40代半ば、『上品な美魔女』……という雰囲気である。

「うふふ、もう一回聞くわ。貴方が、シモン・アーシュさんよね?」

「え?」

 見ず知らずの美魔女……否!
 貴族女性は、いきなりシモンの名を呼ぶと、にっこり笑った。
 不可解だと思いながら、シモンは肯定し、言葉を戻す。

「た、確かに、自分はシモンですが、貴女はどちら様ですか?」

「私はアレクサンドラ・ブランジェ。貴方の先輩よ」

「先輩?」

「ええ、私もティーグル魔法大学の卒業生なのよ」

 アレクサンドラは魔法大学のOGらしい。
 
 だが魔法大学は毎年数百人以上の卒業生を出している。
 当然『先輩』はたくさん居り、彼女を知るはずもない。

 ましてアレクサンドラとシモンは世代も全く違う。
 
 それにしても、アレクサンドラは何者で、何故ここに自分を訪ねて来たのだろうか?
 こんな時は、ストレートに聞いた方が良い。

「成る程……それで、アレクサンドラ先輩はこんな自分なんかに何か御用なのですか?」

「こんな自分? シモンさん、何言ってるの」

「はあ、俺ダークサイド商会の場末なトレジャーハンターですから」

「場末? 何言ってるの? 貴方は極めて優秀な人材じゃない。私スカウトに来たの」

「はあ? ス、スカウト?」

「ええ、スカウト。成績優秀なシモンさんが大学在学中から、私は気にしていたわ」

「え? 自分が在学中から?」

「うん! 多忙だったのと行き違いもあってすぐ来れなかった。けれど、今回、ちょうど勤め先がこのようになったじゃない? うふふふ」

 シモンに、魔法使い特有の鋭い観察眼と思考が働く。
 
 アレクサンドラと名乗った女性は、シモンの素性を……
 そして、今回のコルボー商会の『倒産劇』を事前に知っていたらしい。
 もしかしたら、『公的などこか』とつながっているのかと、シモンは思った。

 一体、何者なのだろう?
 そういえば、たたものではなく、持てる体内魔力も凄まじい。
 アレクサンドラが上級貴族且つ高レベルの魔法使いなのは間違いない。
 だが、謎めいたミステリアスな印象も受ける。

 しかし、敢えてそのような事を言う必要はない。
 さりげなく、答えるのが賢明である。

「はあ、ちょうどというか、見事に倒産しましたね」

 ダークサイドな会社など、天罰てきめん、因果応報ざまあって感じですがと、シモンは言いたかった。
 しかし、自分のイメージが悪くなるだけと思い、やめておいた。

「うふふ、この商会は本当にダークサイドだったからね。という事で、今の貴方はフリー。私が運営する真逆でライトサイドな職場へぜひ迎えたいのよ」

「ええっと、アレクサンドラ先輩が運営する? 真逆? ライトサイドな職場?」

「ええ、そうよ。可愛い後輩を好待遇で迎えるわ。ぜひ前向きに考えて」

「いや~、それはちょっと、遠慮します」
 
 同じ(てつ)を踏みたくない。

 シモンは思わず口ごもった。
 騙され、弱みに付け込まれ、丸1年、ダークサイドな『地獄職場』を脱出したばかりなのである。

 正直、蓄え……貯金はそんなにない。
 でも、トレジャーハンターになってから、命を削るようにして頑張って来た。
 少しぐらいはのんびりしたいのが正直な気持ちだ。

 それに一度ある事は二度あり、三度ある可能性もある。
 
 目の前のアレクサンドラとは会ったばかり。
 先輩だといって、無条件に信用は出来ない。
 うかつに、やばいエサに喰い付いたら、今度こそ人生が破綻《はたん》してしまうから。
 用心するに越したことはない。

 ここは、アレクサンドラへ本音だけ伝えてみよう。

「あ、あの、先輩。申しわけないんですが、自分は、しばらくのんびりしたいんで……」

 だが!
 シモンの言葉を華麗にスルー。
 アレクサンドラは、にっこり。

「さあ、シモン君、行きましょ。表に馬車を待たせてあるから」

 いつの間にか、呼び方がさんから、君付けになっている。
 フレンドリーさは感じるが、(かえ)って不安だ。

「へ? お、表に馬車」

「うん! さあ、行こうよ! レッツラゴー!」

 アレクサンドラの動きは意外にも素早かった。
 シモンの背後に回り込み、どん!と背中を押したのだ。

 超ダークサイドな職場コルボー商会は、当局の手入れにより呆気なく潰れてしまった。
 だが……捨てる神あれば拾う神あり?
 
 魔法大学の先輩だと名乗る美貌の貴族女性アレクサンドラ・ブランジェにより、
 シモンは強引に連れ出されてしまったのである。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 押し込まれるように馬車へ乗せられ……
 シモンはもろ「どなどな」気分で、アレクサンドラが運営するという職場へ向かっていた。

 がたごとがたごと……
 馬車は車輪を(きし)ませながら、王都市内を走っている。

 そういえば……
 アレクサンドラ・ブランジェの名をどこかで聞いた事があった。
 でも、いつどこでとか、誰なのか、シモンは詳しく思い出せない。

「ええっと、アレクサンドラ先輩」

「なあに?」

「ここまで来て今更ですが、先輩はどちらで何をしている方なのでしょう?」

「え? シモン君は私を知らないの?」

「はあ、自分……いや、俺はどこかでアレクサンドラ先輩のお名前を聞いた事があるような気がしますが」

「しますが?」

「思い出せないっす」

「思い出せないの?」

「はあ、俺、何もない田舎から出て来て魔法大学へ入り、講義に出ている以外は、ずっと居酒屋(ビストロ)の厨房で皿洗いのバイトしていましたから、世間の事ほぼ知らなかったんです」

「うん、知ってる、シモン君が苦学生なの」

「え? ご存じなんですか?」

「うふふ、いろいろ調べたから! 君の事は何でも知ってるわ」

「ええっと、それって……」

 シモンは既視感(デジャヴュ)を覚える。
 コルボー商会へ入社する際、先ほど逮捕された営業部長のブグローが言い放った。

 その時の言葉がリフレインする。
「そうだ! シモン君が面接の申し込みをして来てから、数日間、ウチの情報部が徹底的に調べた。出身地、本籍地は勿論、ご両親の状況等の家庭環境、住んでいる家、政治思想、信仰している宗教。性格、学業成績、経済状況、彼女の有無など全てだ」

 同時に「がはははは」とブクローの高笑いも聞こえた気がした……
 完全に嫌な予感しかしない……

「すんません。恐縮ですが、アレクサンドラ先輩の御身分を教えて貰えますか?」

「あはは、貴方、ホントに世俗(せぞく)(うと)いみたいね。世界を股にかけた超一流のトレジャーハンターなのに」

「いえ、コルボー商会に入社して、ず~っと辺境の遺跡や迷宮、洞窟に潜っていたんで、お宝や魔物以外は世間知らずなんです。重ね重ねしーません」

「うふ、良いわ、教えてあげる。私はアレクサンドラ・ブランジェ。爵位は伯爵、ティーグル王立魔法大学の卒業生で、現在は王立ロジエ魔法学院の理事長よ」

「えええっ!? ロジエ魔法学院って? 女子校の!? 魔法学校!? あ、あの?」

「そう! あのロジエ魔法学院。そして私は理事長。念の為、シモン君は教員免許を持ってるでしょ?」

「はあ、一応持ってます。在学中に男子校のビータル魔法学院で教育実習もやりました」

「うんうん、私の調査通りね、バッチグー! 君を我が学院の魔法教師にスカウトするわよっ! 詳しい事は学院に到着したら話すわねっ!」

「えええええっ!? せ、先輩っ! マ、マ、マジですかっ!?」

「マジっ!!」

 アレクサンドラはにっこり笑うと……
 シモンへVサインを突き出したのである。