シモン・アーシュは、隣国シーニュ僻地(へきち)における遺跡探索(いせきたんさく)デビュー戦を終え……
 無事帰国し、コルボー商会へ戻った。

 持ち帰った『お宝』の鑑定額は、何と! 金貨約1,000枚余り……
 これはルーキーにしては、破格の成果である。

 しかしブグロー営業部長以下、商会側は1か月間、ず~っと休みなしで働いたシモンに対して、労《ねぎら》いの言葉など全く無い。
 「ご苦労様」のひと言さえもなかったのだ。

 それどころか、たった1日しか休みを貰えず、シモンはすぐに出張を命じられた。
 
 ブグローからの指示書を見て、次にシモンが向かったのは、国内。
 ティーグル王国のはるか南方の小村である。
 小村の近郊に新たな迷宮が発見され……
 発掘と採取の権利をコルボー商会が獲得したのである。

 今回もシモンは単独出張である。
 最初は人寂しいと感じていた。
 だが……生来のボッチ体質。
 逆に開き直って、「ひとりで気楽だ」と思えるようになってしまった。

 何故ならば、シモンは仕事のコツを掴んだからだ。
 コルボー商会の先輩、同輩は全員がライバル。
 ねたみ、そねみに満ちている。
 下手をすれば、探索の妨害をされ、足を引っ張られる可能性だってある。

 ある程度のノルマさえこなせば、ブグローは何も言わない。
 後は自由時間となる。
 ぼっちで、のんびり。
 きままにやろうと決めたのである。

 しかし……
 シモンはのんびりとは出来なかった。

 怪しんだ商会がシモンに監視を付けたから?
 否、そうではない。

 シモンはぼっち体質と同時に、生真面目。
 そして人が良かった。
 困っている者が居たら、つい手を差し伸べたくなる性格でもあった。

 今回出張した小村は、魔物の害に悩んでいた。
 
 しかし領主は、非情にも放置。
 村民など、魔物に喰われるか、餓死して勝手に死ねと言わんばかり。
 小村は貧しく、自前では冒険者も呼べなかった……
 
 相手はゴブリン100体余り……
 以前なら怯えて、シモンはスルーした。
 だが、今のシモンの実力なら、ゴブリン100体など、容易(たやす)く討伐《とうばつ》する事が出来る。

 しかし、堂々と手を貸すわけにはいかない。
 
 人づてに、王都まで話が行き……
 ブグロー部長の耳にでも入ったら、「仕事時間中に何やってる!」などと、 
 厳しく処罰されるからだ。

 それゆえ素性を明かさずに、村を助けてやらねばならない。
 シモンは身元を隠すような事態もあろうかと……
 念の為、顔をフルで覆う仮面を持参していた。
 
 更に予備の服に着替えれば、ぱっと見、王都から来訪したシモンと同一人物だと見抜ける者はそう居ない。
 シモンは、その小村では全くのよそ者だからだ。

 まず迷宮の探索を終え、お宝をゲットしたシモンは、残った時間でゴブリン討伐に臨んだ。
 かつてシモンを追い回したゴブリンも、シモンの敵ではなかった。

 火の攻撃魔法に、悪即斬の剣技、バスチアン直伝ぶちかましの格闘術等……
 ゴブリンなど、単なるトレーニングの相手でしかない。

 こうして……
 跋扈《ばっこ》していたゴブリン100体は、シモンの活躍により、
 あっという間に瞬殺された。
 
 仮面をつけた『名も無き謎の賢者』が、何の見返りもなく、ヴァレンタイン王国の小村を救ったのだ。

 シモンは小村へ赴き、ゴブリン討伐を報告した。
 村民達は村長以下、平和が戻った事を大いに喜んだ。

「ありがとうございます! ありがとうございます! 孫の仇が討てました!」

 仮面をつけたまま、別人になりすましたシモンの手を……
 しっかりと握る嬉し涙の村民老女。
 彼女に、故郷へ残した母の面影(おもかげ)を見たシモンは、
 心がほんわかと温かくなったのである。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 その後も、シモンは馬車馬のように働かされた。
 国内を始め、世界各地へガンガン出張を命じられた。

 しかし、いくら稼いでも稼いでも……
 『怪しい必要経費』ががっぽり引かれ、手元に残るのはいつも信じられないくらいの少額でしかなかった。

 相変わらず、ブグロー部長始め、商会側から(ねぎら)いの言葉も全く無し。

 仕事へのモチベーションが全く保てないシモンは……
 小村のゴブリン討伐と同じく、人助けのボランティアをする事で、
 何とか心の均衡(きんこう)を保っていた。
 
 また新たな魔法やスキルを習得しても、商会には一切報告せず、レベルアップのみもはかっていた。

 やがて……
 シモンが出張で行く先々で、
 『名も無き仮面の賢者』が現れ、難儀する人々を助けているという噂が立った。

 ある日の事……
 シモンが出張を終え、商会へ戻ると……
 上司のブグローが(いぶか)し気な表情で尋ねて来た。

「シモン」

「はあ、何すか、部長」

「お前の出張先でよぉ、妙な噂がいっぱい立ってるぜ」

「はあ、らしいっすね」

「お前は知ってるか? 謎めいた賢者が、何と無償で人助けしてるそうだぞ」

「いや、部長。俺……タダ働きは興味ないんで。働いたらちゃんと金は貰うべきだと……その点は部長を見習ってますから」

「がはははは! だろうな! 俺を見習えよ! タダ働きなど厳禁だぁ! ボランティアなんて、冗談ぽいだっ!」

「ええ、部長の指示通り、出張先ではひたすら仕事してます。売り上げも月に金貨1万枚は行ってますものね」

「おお、やはり俺の目に狂いはなかった。会頭にもほめられた。ブグロー、良くやった! この調子でシモンをガンガン働かせろとな」

「はあ……やっぱそういう落ちっすか。部長はいつも確実に自分の手柄にしますね」

「当たり前だ! 部下の手柄は全て俺の手柄だ!」

「何すか、それ?」

「がははははは! シモンよ、聞け! 部下など、駒だ! 俺が出世する為だけの道具なんだ。俺に嫌われたら、ウチの商会では生きて行けないと思えよ!」

「はああ、部長ったら、相変わらずっすね。はい、はい」

「ごら! はいは一回だ!」

「はい」

 というダークサイドな会話はあった。
 しかし、売上しか興味のないブグローはそれ以上追及して来なかった。

 これ幸いと思ったシモン。
 見えないところで、ぺろりと舌を出した。

 こうして……
 シモンはフルフェイスの仮面を被り、『名も無き仮面の賢者』として……
 魔物の害に苦しむ人々を、次々と救って行ったのである。