言葉を選びながらたどたどしく言うと、千里くんの虚をつかれたような瞳が私を映した。

「だから、千里くんの好意も素直に信じられない。自己肯定感は一生低いままかもしれないし、これからだってあなたに嫌な思いをさせたり、負担や迷惑をかけることだってたくさんあると思う」

「そんな――」

「それでも私は千里くんが好きで、わがままだけど、ずっと一緒にいてほしいって思ってしまうんだ」

素直な気持ちを伝えると、私を抱きしめていた千里くんの手に髪を撫でられた。
彼の手は人の体温が苦手だとは思えないくらい、私を甘やかすのが上手い。

「うん、喜んで。俺はずっと聖ちゃんのそばにいるよ」

「本当?」

「本当だよ。俺の幸せは未来永劫、君と共にあるんだから」

いつも壮大で、私にはもったいないと思っていた千里くんの言葉が、まるでパズルのピースをはめるようにぴったりと私の心に収まる。
その瞬間、私は不思議なほどにはっきりとした確信を得ていた。
心に痛みを抱えたままでも、二人で寄り添い合っていれば、きっと幸せを模索しながら生きていける。
私たちは、二人で、生きていける。
自分を取り巻く状況なんてほとんど変わっていないはずなのに、私はやけに安心した気分になって、ゆっくりと瞼を閉じた。

「これからもずっと一緒にいよう」

囁いたのは、いったいどちらの声であったのだろう。
そんなことすら分からなくなるくらい、この夜の私たちの心はひとつになって溶け合っていた。



「どうでしたか? やっぱりちょっとどす黒い話になってしまったんですが」

次の週末。
ようやく書き直すことのできた原稿を東雲さんに提出した私は、いつものように喫茶店に呼び出され、彼と向かい合わせになって座っていた。
「執筆おつかれさまです」と労われながらも、感情の読み取れない眼鏡越しの冷静な瞳に緊張しつつ、おずおずと問いかける。
すると彼はもったいぶった咳払いをしてから、ようやく笑みを浮かべてくれた。

「とてもよかったと思いますよ」

「本当ですか!?」

「ええ。あまりの痛々しさに読みながら何度も目を背けたくなりましてね。いやぁ、なかなかここまで恥をさらけ出して書けないですよ」

「え、待ってください。それって褒めてます? 貶してます?」

東雲さんにアドバイスをされたとおり、書き直した原稿は嫉妬や劣等感などの恋愛における負の面を強く押し出すように描写していた。
その結果、本音をさらけ出した痛々しい話にはなったと思うが、そこまで言われるほどだっただろうか。
なんとなく釈然としない気持ちになりながらも、東雲さんの満足げな表情に、諦めて笑みをこぼす。

「ストーリーの流れ自体は変えずに書き直すと言われたときには心配しましたが、私の平凡な予想を上回ってくださってありがとうございます」

「こちらこそ。時間がかかってしまってすみません」

「構いませんよ。あなたをひたすら消費させられるだけの作家にはしたくありませんから。これからも納得のいくものを作っていきましょう」

まったく、この人は明け透けな性格すぎて、気障に思える言葉さえ素直に言ってしまうのだから厄介だ。
一人の作家として大切に育ててもらっていることを改めて感じ、その照れ臭さから軽く肩をすくめる。

「それでは残りの分の執筆もよろしくお願いしますね」

「はぁい」