「聖ちゃん、その話なんだけどね」
居心地の悪さを紛らわすためにつらつらと喋っていると、突然千里くんの固い声が響いた。
いつもは私を優しく見つめてくれる瞳が、今は私の首あたりを眺めるように逸らされている。
「倒れた理由は過労じゃないんだ」
「え……?」
「展示会の閉場間際に、お客さんの波に呑まれて、それで」
入院着の襟元を掴んで、千里くんが苦しそうに息を吐く。
ああ、その線の話がある可能性を、私はすっかりと見落としてしまっていたらしい。
「うっかりしてたんだ。いつもは人混みなんて一番警戒しているはずなのに、気を抜いていたみたい。出入り口付近で待機してたら、急に人がたくさん押し寄せてきて逃げられなくなっちゃって。熱気とか感触とか、そういうものがダイレクトに伝わってきたと思ったら、もうダメだった」
襟元を掴んだままの千里くんの手がかすかに震え出している。
しかし彼はその震えを隠すかのようにへらりと笑った。
「まさか気を失うなんて、ほんとかっこ悪いなぁ。でももう大丈夫。これからはもっと気をつけるね」
「千里くん」
「ん?」
「無理しなくていいんだよ」
私がそう言うと、千里くんは虚をつかれた様子で目を見張った。
「自分では気づいていないかもしれないけど、千里くんは無理してるとき、けっこうへらへら笑う」
「はは……そんな癖があったんだ。知らなかった」
「うん。だから私相手に、無理して気丈な素振りなんかしなくていい」
これまでも彼のこういった表情は何度か目にしてきた。
そのたびに私は胸を掻きむしりたくなるような強い衝動に駆られてきたのだ。
私の前では強がらなくていいし、涙を見せてくれたって構わない。
私の存在が救いになるというのなら、あなたの中の脆く柔らかい部分を、どうか私に守らせてほしい。
そんな意思を込めて彼を見つめる。
癖を見抜かれたバツの悪さか、千里くんは一度ぎゅっと眉根を寄せて顔を歪めると、それから気まずそうに笑って頷いた。
「たしかにショックだったよ。聖ちゃんのおかげでこの体質も少しずつよくなっていたし、このまま行けば、何も気にすることなく生活ができるようになるんじゃないかって思ってたから」
「うん」
「でもそう簡単にいくものじゃないんだよなぁって、改めて現実を突きつけられたら悔しくて、自分が情けなくて」
「そうだったんだね」
背中を小さく丸めて膝を抱えた千里くんは、ぽろぽろと言葉を溢すようにして心情を吐き出してくれた。
その姿が今にも壊れてしまいそうに見えて、思わず触れて慰めたくなる。
けれど彼は他人の体温に傷ついたばかりだ。
今は誰の温度も感じたくはないかもしれないと、私は伸ばしかけた両手を力なく引っ込めた。
「弱音なんか吐いてごめん。やっぱりこれ以上、君にかっこ悪いところなんて見せたくない」
私が次の行動に迷っていると、千里くんは揺らぐ目元を右手で覆い隠し、完全に私を拒絶した。
弱音を吐いて千里くんが楽になるなら、私はいくらでも受け止めたい。
けれど私がそう望んでいても、それが千里くんの負担になるのならば意味がなかった。
だったらほかに何かできることは。
いや、何かってなんだ。
私にいったい何ができるというの。
自分のことさえままならないこんな私に。
居心地の悪さを紛らわすためにつらつらと喋っていると、突然千里くんの固い声が響いた。
いつもは私を優しく見つめてくれる瞳が、今は私の首あたりを眺めるように逸らされている。
「倒れた理由は過労じゃないんだ」
「え……?」
「展示会の閉場間際に、お客さんの波に呑まれて、それで」
入院着の襟元を掴んで、千里くんが苦しそうに息を吐く。
ああ、その線の話がある可能性を、私はすっかりと見落としてしまっていたらしい。
「うっかりしてたんだ。いつもは人混みなんて一番警戒しているはずなのに、気を抜いていたみたい。出入り口付近で待機してたら、急に人がたくさん押し寄せてきて逃げられなくなっちゃって。熱気とか感触とか、そういうものがダイレクトに伝わってきたと思ったら、もうダメだった」
襟元を掴んだままの千里くんの手がかすかに震え出している。
しかし彼はその震えを隠すかのようにへらりと笑った。
「まさか気を失うなんて、ほんとかっこ悪いなぁ。でももう大丈夫。これからはもっと気をつけるね」
「千里くん」
「ん?」
「無理しなくていいんだよ」
私がそう言うと、千里くんは虚をつかれた様子で目を見張った。
「自分では気づいていないかもしれないけど、千里くんは無理してるとき、けっこうへらへら笑う」
「はは……そんな癖があったんだ。知らなかった」
「うん。だから私相手に、無理して気丈な素振りなんかしなくていい」
これまでも彼のこういった表情は何度か目にしてきた。
そのたびに私は胸を掻きむしりたくなるような強い衝動に駆られてきたのだ。
私の前では強がらなくていいし、涙を見せてくれたって構わない。
私の存在が救いになるというのなら、あなたの中の脆く柔らかい部分を、どうか私に守らせてほしい。
そんな意思を込めて彼を見つめる。
癖を見抜かれたバツの悪さか、千里くんは一度ぎゅっと眉根を寄せて顔を歪めると、それから気まずそうに笑って頷いた。
「たしかにショックだったよ。聖ちゃんのおかげでこの体質も少しずつよくなっていたし、このまま行けば、何も気にすることなく生活ができるようになるんじゃないかって思ってたから」
「うん」
「でもそう簡単にいくものじゃないんだよなぁって、改めて現実を突きつけられたら悔しくて、自分が情けなくて」
「そうだったんだね」
背中を小さく丸めて膝を抱えた千里くんは、ぽろぽろと言葉を溢すようにして心情を吐き出してくれた。
その姿が今にも壊れてしまいそうに見えて、思わず触れて慰めたくなる。
けれど彼は他人の体温に傷ついたばかりだ。
今は誰の温度も感じたくはないかもしれないと、私は伸ばしかけた両手を力なく引っ込めた。
「弱音なんか吐いてごめん。やっぱりこれ以上、君にかっこ悪いところなんて見せたくない」
私が次の行動に迷っていると、千里くんは揺らぐ目元を右手で覆い隠し、完全に私を拒絶した。
弱音を吐いて千里くんが楽になるなら、私はいくらでも受け止めたい。
けれど私がそう望んでいても、それが千里くんの負担になるのならば意味がなかった。
だったらほかに何かできることは。
いや、何かってなんだ。
私にいったい何ができるというの。
自分のことさえままならないこんな私に。