「今日もいろいろとダメ出しくらっちゃってさ。たしかに言われてることは一理あるんだけど、あまりに歯に衣着せない物言いだから、思わず言い争いみたいになっちゃって。それもまぁ、いつものことなんだけど」

夢見心地になりながら、取り止めもなく今日のことを話す。
すると千里くんはふいにこちらを向き、私の目をじっと見つめた。
しまった、浮かれすぎて気を悪くさせただろうか。
もしかしたら急に気持ち悪くなってしまったのかもしれない。
そう思ってすぐさま距離を取ろうとすると、意に反して抱き寄せられ、先ほどよりさらに体が密着した。
彼の頭が左肩にもたれかかり、柔らかい髪が頬をくすぐる。
その様を呆然としながら見ていると、顔を上げた千里くんは決まりが悪そうに眉を下げた。

「やっぱり妬けちゃうな」

「やけ……?」

「だって聖ちゃんの言葉の端々に東雲さんへの信頼が滲んでいるんだもん。恋人としてはけっこう複雑なところ」

千里くんが発した言葉。
それを上手く噛み砕くことができなかった私は、何度も間抜けなまばたきを繰り返した。
するとそんな私を見た千里くんが、吹き出すようにして笑い声をもらす。

「どうしてそんなにきょとんとしてるの? 俺だって嫉妬くらいするよ」

「で、でも東雲さんとはあくまで作家と担当編集って関係だし、ただ単に気安いだけだから」

「それは分かってるけど、あんなにかっこいい人がずっとそばで聖ちゃんを支えてたって知って、悔しくないわけないでしょう?」

千里くんの反論に、私もたしかにそうかもしれないと思った。
たとえ恋愛関係ではなかったとしても、彼と十年間も親しくしている女性がいたとしたら少し複雑だ。
今と逆の立場であれば、私もきっと嫉妬していただろう。
そんなことをぼんやりと考えていると、千里くんの手が私の髪を撫でた。

「だから俺は、聖ちゃんが思ってるほどできた人間じゃないんだよ。独占欲が強いし、嫉妬深い。最近なんて、聖ちゃんのことを思う存分甘やかして、俺なしでは生きられないくらいになればいいのにって、怖いことも考える」

彼の形のいい唇がゆっくりと弧を描く。
しかしそう言われても、私は何も怖くはなかった。
だって私はすでに、千里くんのいない生活なんて考えたくなどないのだから。
細い指先に髪を梳かれ、そのまま耳の裏をなぞられる。
千里くんに触れられた部分がくすぐったくて肩を竦めていると、ふいに彼の表情に影が差した。

「だけど聖ちゃんは堕ちてくれないね」

「え……?」

「俺が君に好きだって言うと、困って悲しそうな顔になる。俺のことはまだ、東雲さんみたいには信用できない?」

寂しげに窺う瞳に、つい言葉を失ってしまう。
千里くんにそんなことを思われていただなんて知らなかった。
するとなおも押し黙ったままの私を見て、彼は苦々しく自嘲の笑みを浮かべた。

「俺からしてみれば単純な話にしか思えないんだけどな。ずっと憧れていた作家さんが、実はすごくかわいい女の子で、あまつさえ自分のことに一生懸命になってくれたら、好きにならずになんていられないよ」

「えっ、と――」

「なんて。ちょっと意地悪なこと言っちゃったね」

戸惑う私の声を遮り、千里くんはおどけた調子でそう言った。

「君のそばにいられるだけでよかったはずなのに、気づけば君の愛を乞いたくなるんだ。欲張りで嫌になるよ」