「『文壇のヒロイン・日下部聖、イケメン恋人との幸せな同棲生活を激写』ですか。なるほど、なかなか綺麗に撮れているみたいですね」

書き下ろしである新作の打ち合わせに訪れた都内某所の喫茶店。
その中で発売されたばかりの週刊誌を片手に、東雲さんは先ほどからずっと楽しげに微笑んでいた。
誌面に載っているのは彼が読み上げた文字どおり、私と千里くんが街を歩いているところを隠し撮りした写真だ。
薄々懸念していたことではあったけれど、とうとう千里くんの存在がマスコミの知るところとなってしまったのだ。

「ちょっと、担当作家のスクープ写真を面白がらないでくださいよ」

それにしてもあまりに他人事すぎるだろうと、愉快そうな東雲さんを恨めしく睨む。
すると彼は心外だとでも言いたげに小首を傾げた。

「面白がりますよ。なんて言ったって、これも立派な宣伝になるんですから。無粋なマスコミも、たまには役に立ちますね」

「宣伝?」

「作家がいい恋愛をしていると周知されれば、自ずと読者の興味はその作品へも向かうというものです。新作の売上も期待できますよ」

「そんなものですか……?」

読者の心理は分からないけれど、東雲さんがほくそ笑んでいるということは、きっと一定の影響があるのだろう。
まぁこちらとしても悪い場面を撮られたわけではないのだから、堂々としていればいい話なのだけれど。

「それとも順調そうに見えて、何か悩みでもあるんですか?」

「えっ?」

「このところ、どうにも落ち着かないご様子ですから。私でよければ話ぐらいは聞きますよ」

真剣な目で問われ、私はぱちくりとまばたきをした。
手に持っていたカフェモカをテーブルの上に置き、うーんと唸りながら、ここ最近の日常を脳内で振り返る。

「……悩みというか」

「はい」

「幸せすぎて怖いんですよね」

「は?」

「だってもう毎日が穏やかで楽しくて仕方ないんです。私の人生、こんなに充実しててもいいのかなって不安になります……!」

こう言うと少し大袈裟に聞こえるかもしれないが、事実、私の生活は見違えるような変化を遂げていたのだ。
仕事は順調で、家に帰れば好きな人がいて、その人も私を好きだと言ってくれる。
今までの人生を顧みればあり得ないくらいの充実した日々は、なんだか怖ろしささえ感じるほどだった。
だからこそ落ち着かないというか浮き足立ってしまうというか、とにかくここ最近の私は分かりやすいほどに舞い上がってしまっていた。

「もしかして私は今、惚気を聞かされているんですか?」

馬鹿馬鹿しげなため息を吐いて、東雲さんが呆れたように笑う。
しかしそこに確かな安堵が見えて、私は少しくすぐったい気持ちになった。

「幸せならば重畳。引き続きいい作品を期待してますよ、日下部先生」

目を細める東雲さんに向かってゆるゆると頷く。
それから新作の打ち合わせも無事に終えると、私は真っ直ぐに千里くんの待つマンションへと帰った。
彼との同居継続が決まってから、かれこれ一ヶ月。
つまりは一緒に暮らすようになって、もう丸二ヶ月が経つ。
元々一人でいるのが好きな私が、こんなにも長い期間を誰かと一緒に過ごしたなんて、自分でもいまだに信じられないようなことだった。