千里くんが右手を伸ばし、私の左手を捉える。
一度離れたあたたかさが再び手の中に宿り、この上なく胸が締めつけられる心地がした。

「他人の体温なんて怖くてたまらなかったのに、君の温度なら知りたくなった。君が笑ってくれると心の底から幸せだと思うし、君の抱えた傷を俺が癒せればいいのにって思う。君を誰よりも慈しんで、大切にしたくてしょうがない」

世界が嘘みたいに眩しくて、苦しい。

「好きなんだ、とても。言葉では言い表せないくらい、君が好きだ」

「千里くん……」

「同じ気持ちを返してほしいなんて言わないから、俺の前からいなくならないで」

まるで聖母にでも懇願するように、千里くんは握ったままの私の左手に頬を寄せた。
自分の身の丈を遥かに超えた美しくて尊いものを与えられ、その畏ろしさに泣き出したくなる。

「私が千里くんのそばにいたら、私の影をあなたに移してしまう」

「聖ちゃんが影なもんか。君はずっと、今でも、俺の光だ」

そう言った千里くんは、それからダメ押しのように、今度は真正面から私を抱きしめた。

「俺のことを思ってくれるなら、俺から大切な光を奪わないで」

「その言い方は、ズルい」

「君の気を引くためなら、もうなりふりなんて構っていられないんだ」

耳元で囁かれ、息が止まる。
私、今なら死んでしまったって構わない。
そんなことを本気で考えながら、私は自分のすべてを彼に委ねてみようと思った。

「諦めて。俺はね、君を愛するために生まれてきたんだよ」



中学二年生の冬。
処女作の受賞が決まったとき、私はいの一番に母に報告をした。
きっと母も喜んでくれる。
すごいと褒めてくれる。
出来損ないな私でも、少しはできることがあるのだと認めてくれる。
そんな幼い期待に胸を膨らませた。
けれども私の期待とは裏腹に、母は表情ひとつ変えず、ただ釘を刺しただけだった。

「歳が若いから話題性で選ばれただけよ」

「拙いものを出版したって恥をかいてしまうのがオチ」

「そんなことにうつつを抜かしていないで、もっと勉強を頑張りなさい」

冷たく言い放たれた言葉は、私の胸に風穴を開けるかのようにして通り過ぎていった。
こうなることをまったく予想しなかったわけではない。
むしろ心のどこかで、母が私を認めてくれるはずがないということは分かっていた。
しかし分かってはいても、私は毎回期待して、律儀に傷ついてしまうのだ。
いつもの私ならばそこで視界が真っ暗になり、すべてを諦めて母の操り人形になっていただろう。けれどそのときの私が挫けることはなかった。
心からやりたいと思えることを見つけて、その道が開かれようとしているのだ。
やっと手にした夢の欠片を母に潰されてたまるものか。
このチャンスだけはなんとしてでも守り抜いてやる。
絶対に作家になって大成してみせる。
希望を抱いた人間の意志は強く、私は母に逆らい、文壇へと飛び込んだ。
自分に立てた誓いどおり、いくら落ちぶれようとも私が筆を折ることはなかった。
そんなふうにがむしゃらに仕事を続けてきたのは、母に対する反骨心がずっとあり続けていたからかもしれない。
心に残る物語をいくつも紡いで、いつか母の鼻を明かしたかった。