まるで少年のようなあどけなさを残した美しい相貌。
その繊細な輪郭を指先でなぞりたいと思って、ふいに涙が出そうになる。
綺麗だ。
とても綺麗だ。
この綺麗な人のことが、私はとても愛しいのだ。
そんなこと、今気づいたようでいて、本当はもうずっと前から分かっていた。
これから先も、彼が健やかに生きてくれればいいと思う。
もしもそのために必要ならば、私の寿命を捧げたっていいくらいだ。
自分が他者に対してこんなふうに思えるなんて知らなかった。
そんな自分であることができてよかった。
「好き」
小さく呟いた言葉が、彼に届くはずもなく部屋の空気に溶けていく。
「千里くんのことが、好き」
うん、そうだ。
私は千里くんが好きだ。
口にしてみれば、その想いがより明確になって、心の芯がこそばゆくなる。
彼にはこの世界に生きる誰よりも幸せになってほしい。
だから今度こそ、彼のそばから離れてあげよう。
この眠りから覚めたら、新しい人生を始められるように。
「忘れ物はないかな」
「うん。元々そんなに物は持ってきてなかったから」
空港での一件から一週間後。
ついに新居が決まった私は、千里くんのマンションを出ていくことになった。
引っ越し先である次のマンションは、希望していた都心寄りで、芸能人も住んでいるというくらいにセキュリティーがしっかりとしているところだ。
都心は騒がしいイメージがあったけれど、マンションの周りは閑静な感じで、内見に行った私はけっこう気に入ってしまっていた。
「これ、千里くんにプレゼント」
「ありがとう。もしかしてコーヒー?」
「うん、お世話になったお礼に。このあいだ、おしゃれなコーヒーの専門店を見つけてね。千里くんの好みを言ったら選んでもらえたんだ」
一ヶ月以上も居候をさせてもらったのだから、お礼に何かを贈りたいけれど、形に残るものは避けたい。
そう考えた私が選んだのは、千里くんが好きなコーヒーだった。
これならば彼の好みにも合うし、消費されればいつか跡形もなくなくなってくれる。
同じスピードで、千里くんの中の私の存在も薄れていってくれればいい。
そんな私の真意を感じ取ることなく、彼は純粋にプレゼントを喜んでくれたようだった。
「考えてみたら、私たちが出会ってから半年も経っていないんだよね。ちょっとびっくり」
「街角でぶつかったのが四月の終わりだっけ?」
「そうそう。思えばあの日から、いろんなことが起こったね」
千里くんと過ごした時間を思い返して、くすくすと笑い声をもらす。
あの日よりも前の自分にこの数ヶ月で起こったことを教えても、きっと信じてはもらえないだろう。
それくらい、千里くんと出会ってから過ごした日々は、私にとって奇跡みたいな出来事だった。
「千里くんのおかげで、私の人生はいい方に変わったよ。本当にありがとう」
「うん、こちらこそ」
「あなたに出会えてよかった。どうか、これからも元気で」
頷きながら微笑む千里くんの表情を、忘れないように目に焼きつける。
それから深く頭を下げて、これ以上後ろ髪を引かれる思いが強くならないよう、私はきっぱりと千里くんに背を向けた。
その繊細な輪郭を指先でなぞりたいと思って、ふいに涙が出そうになる。
綺麗だ。
とても綺麗だ。
この綺麗な人のことが、私はとても愛しいのだ。
そんなこと、今気づいたようでいて、本当はもうずっと前から分かっていた。
これから先も、彼が健やかに生きてくれればいいと思う。
もしもそのために必要ならば、私の寿命を捧げたっていいくらいだ。
自分が他者に対してこんなふうに思えるなんて知らなかった。
そんな自分であることができてよかった。
「好き」
小さく呟いた言葉が、彼に届くはずもなく部屋の空気に溶けていく。
「千里くんのことが、好き」
うん、そうだ。
私は千里くんが好きだ。
口にしてみれば、その想いがより明確になって、心の芯がこそばゆくなる。
彼にはこの世界に生きる誰よりも幸せになってほしい。
だから今度こそ、彼のそばから離れてあげよう。
この眠りから覚めたら、新しい人生を始められるように。
「忘れ物はないかな」
「うん。元々そんなに物は持ってきてなかったから」
空港での一件から一週間後。
ついに新居が決まった私は、千里くんのマンションを出ていくことになった。
引っ越し先である次のマンションは、希望していた都心寄りで、芸能人も住んでいるというくらいにセキュリティーがしっかりとしているところだ。
都心は騒がしいイメージがあったけれど、マンションの周りは閑静な感じで、内見に行った私はけっこう気に入ってしまっていた。
「これ、千里くんにプレゼント」
「ありがとう。もしかしてコーヒー?」
「うん、お世話になったお礼に。このあいだ、おしゃれなコーヒーの専門店を見つけてね。千里くんの好みを言ったら選んでもらえたんだ」
一ヶ月以上も居候をさせてもらったのだから、お礼に何かを贈りたいけれど、形に残るものは避けたい。
そう考えた私が選んだのは、千里くんが好きなコーヒーだった。
これならば彼の好みにも合うし、消費されればいつか跡形もなくなくなってくれる。
同じスピードで、千里くんの中の私の存在も薄れていってくれればいい。
そんな私の真意を感じ取ることなく、彼は純粋にプレゼントを喜んでくれたようだった。
「考えてみたら、私たちが出会ってから半年も経っていないんだよね。ちょっとびっくり」
「街角でぶつかったのが四月の終わりだっけ?」
「そうそう。思えばあの日から、いろんなことが起こったね」
千里くんと過ごした時間を思い返して、くすくすと笑い声をもらす。
あの日よりも前の自分にこの数ヶ月で起こったことを教えても、きっと信じてはもらえないだろう。
それくらい、千里くんと出会ってから過ごした日々は、私にとって奇跡みたいな出来事だった。
「千里くんのおかげで、私の人生はいい方に変わったよ。本当にありがとう」
「うん、こちらこそ」
「あなたに出会えてよかった。どうか、これからも元気で」
頷きながら微笑む千里くんの表情を、忘れないように目に焼きつける。
それから深く頭を下げて、これ以上後ろ髪を引かれる思いが強くならないよう、私はきっぱりと千里くんに背を向けた。