無意識に出た自分の声は、怒りでかすかに震えていた。
あんなにも清く誠実に生きている人の人生を、この人は自分の勝手な欲望でめちゃくちゃにしたのだ。
その罪の重さを、真に理解できているのだろうか。
「あなたがやったことは、人の心を殺す行為です。もう二度と千里さんに関わらないでください。罪の意識があるなら贖罪なんて求めず、一生背負って生きていってください。今日は彼の代わりにそれを伝えにきたんです」
一息で言い切って、千里くんに送られた手紙のすべてを優さんの前に置いてから、私は彼を睨みつけるように見つめた。
目の前にあった微笑みが失われ、みるみるうちに顔が曇り、唇も引き結ばれる。
見ず知らずの他人にここまでデリケートなことを干渉されて、きっと気分は最悪だろう。
しかし彼は一切の弁解や反論をすることなく、静かに頭を下げた。
「お約束します。もう千里に関わることはいたしません」
「……海外に行かれるとか」
「はい、パートナーと二人で。日本に戻ってくるつもりもないから安心してほしいと、千里に伝えてください」
顔を上げた優さんの表情は痛ましいほどに歪んでいて、今にも泣き出してしまいそうに見えた。
もうずっと関わることもなかった弟のことでこんなにも傷ついた顔をするのかと、正直驚いてしまう。
おそらく、この人は本当に千里くんを愛していたのだろう。
その愛を持て余して、相手を傷つけてしまうくらいに。
だからと言って同情はできないけれど、愛し方を間違えてしまったというのは、とても悲しいことだと思った。
「……ほかに、伝言は」
「いえ……。分かってはいたことですが、私が何をしても千里を傷つけるだけだということを改めて思い知りましたので」
力なくそう言った優さんは、私が突き返した手紙をしまうと、「今日はありがとうございました」と、もう一度深く頭を下げた。
「私が言っていいことではないと重々承知はしておりますが、最後にひとつだけよろしいでしょうか」
喫茶店を出ると、別れ際、優さんはおずおずと切り出した。
千里くんにこれ以上伝えることがないならば、私に対して物申したいのだろうか。
何を言われるのかまったく予想できず、身構えながら小首を傾げる。
「なんでしょう……?」
「あのころ、千里は私が殺そうとする心を、まるで日下部先生の本に守ってもらっているみたいでした」
「えっ……」
「千里のそばに、あなたのような人がいてくれてよかった。心からそう思います」
そう言い残して去っていった優さんの後ろ姿を見つめながら、私はしばらくその場を動くことができなかった。
今しがた聞いたばかりの言葉が、頭の中で何度もリフレインする。
千里くんのそばに私がいてよかったなんて、そんなことはあるはずがない。
偽善者の顔をして優さんの罪を糾弾したけれど、千里くんの人生を蝕んだというのなら、私は優さんと同じなのだから。
己の罪を自覚しながら、密かに唇を噛む。
そろそろタイムリミットなのかもしれない。
千里くんが新しい人生を歩むには、きっと私の存在だって邪魔なだけなのだ。
「おかえり」
「ただいま。千里くんも早かったんだね」
家に帰ると、部屋にはすでに千里くんの姿があった。
いつもよりもかなり早い帰宅に私が驚いていると、彼は落ち着かなくて早退してしまったのだと言った。
あんなにも清く誠実に生きている人の人生を、この人は自分の勝手な欲望でめちゃくちゃにしたのだ。
その罪の重さを、真に理解できているのだろうか。
「あなたがやったことは、人の心を殺す行為です。もう二度と千里さんに関わらないでください。罪の意識があるなら贖罪なんて求めず、一生背負って生きていってください。今日は彼の代わりにそれを伝えにきたんです」
一息で言い切って、千里くんに送られた手紙のすべてを優さんの前に置いてから、私は彼を睨みつけるように見つめた。
目の前にあった微笑みが失われ、みるみるうちに顔が曇り、唇も引き結ばれる。
見ず知らずの他人にここまでデリケートなことを干渉されて、きっと気分は最悪だろう。
しかし彼は一切の弁解や反論をすることなく、静かに頭を下げた。
「お約束します。もう千里に関わることはいたしません」
「……海外に行かれるとか」
「はい、パートナーと二人で。日本に戻ってくるつもりもないから安心してほしいと、千里に伝えてください」
顔を上げた優さんの表情は痛ましいほどに歪んでいて、今にも泣き出してしまいそうに見えた。
もうずっと関わることもなかった弟のことでこんなにも傷ついた顔をするのかと、正直驚いてしまう。
おそらく、この人は本当に千里くんを愛していたのだろう。
その愛を持て余して、相手を傷つけてしまうくらいに。
だからと言って同情はできないけれど、愛し方を間違えてしまったというのは、とても悲しいことだと思った。
「……ほかに、伝言は」
「いえ……。分かってはいたことですが、私が何をしても千里を傷つけるだけだということを改めて思い知りましたので」
力なくそう言った優さんは、私が突き返した手紙をしまうと、「今日はありがとうございました」と、もう一度深く頭を下げた。
「私が言っていいことではないと重々承知はしておりますが、最後にひとつだけよろしいでしょうか」
喫茶店を出ると、別れ際、優さんはおずおずと切り出した。
千里くんにこれ以上伝えることがないならば、私に対して物申したいのだろうか。
何を言われるのかまったく予想できず、身構えながら小首を傾げる。
「なんでしょう……?」
「あのころ、千里は私が殺そうとする心を、まるで日下部先生の本に守ってもらっているみたいでした」
「えっ……」
「千里のそばに、あなたのような人がいてくれてよかった。心からそう思います」
そう言い残して去っていった優さんの後ろ姿を見つめながら、私はしばらくその場を動くことができなかった。
今しがた聞いたばかりの言葉が、頭の中で何度もリフレインする。
千里くんのそばに私がいてよかったなんて、そんなことはあるはずがない。
偽善者の顔をして優さんの罪を糾弾したけれど、千里くんの人生を蝕んだというのなら、私は優さんと同じなのだから。
己の罪を自覚しながら、密かに唇を噛む。
そろそろタイムリミットなのかもしれない。
千里くんが新しい人生を歩むには、きっと私の存在だって邪魔なだけなのだ。
「おかえり」
「ただいま。千里くんも早かったんだね」
家に帰ると、部屋にはすでに千里くんの姿があった。
いつもよりもかなり早い帰宅に私が驚いていると、彼は落ち着かなくて早退してしまったのだと言った。