「えっ……?」
「お兄さんに会って、千里くんが今言ったことを面と向かって伝えたいの」
千里くんの目を真っ直ぐに見つめながら言うと、その目は大きく見開かれた後、戸惑ったように揺れた。
そうだ、私の手で彼を苦しめるものとの関係を断ち切ってくればいいんだ。
考えれば考えるほど、我ながら素晴らしい案だと思えてきて、つい勇み立ってしまう。
「聖ちゃんの手を煩わせるようなことじゃないよ」
「そんなことない。それに、私自身がやりたいんだ」
「でも――」
「二度と千里くんに関わるなって、その苦しみを背負って生きていけって、お兄さんに言ってくる。なんなら千里くんの代わりにぶん殴ってきたっていいよ」
「聖ちゃん……」
「私に任せてくれないかな」
有無を言わせないくらいの勢いで押し通すと、千里くんはやがて静かに頷いてくれた。
何度目か分からない自己満足を彼に押しつけてしまっている。
その自覚はあるものの、やはり彼のこととなると、私はなぜか自分を抑えることができなかった。
とりあえず許可は得られたため、手紙に記載されていたお兄さんの連絡先からコンタクトを取り、平日の昼間に時間をつくって会っていただけることになった。
待ち合わせに指定させてもらったのは、個室のある喫茶店だ。
そう言えば外出をするのはあの事件の日以来だったけれど、私は特に恐怖を感じてはいなかった。
しばらく平穏な時間を過ごせたため、心が癒されたというのもあるのだろう。
それに自分のためよりも誰かのために頑張る方が、人は強くなれるのかもしれない。
「彼方優さんですか……?」
「はい。初めまして、彼方です」
「日下部と申します。本日はお時間をつくっていただきありがとうございます」
待ち合わせの当日、指定した喫茶店に入ると、千里くんのお兄さん――優さんは先に到着して私を待っていた。
私が現れるなり立ち上がって会釈をした彼は、彫りの深い顔立ちで上背があり、そこにいるだけでなんとも言えない迫力があった。
千里くんとはまったく似ていないと思ったが、それも当たり前だろう。
千里くんとこの人は義理の兄弟で、そもそも血が繋がっていないのだから。
いや、この人が戸籍を抜けることで、もはや兄弟ですらなくなるのか。
「驚きました……。まさか日下部さんというのが、あの日下部聖先生だったなんて。お会いできて光栄です」
そんなことを考えていると、優さんは私が予想だにしなかった言葉を発した。
こちらは対決を挑むような気持ちできたというのに、思わず拍子抜けしてしまう。
それを察したらしい彼は、慌てた様子で右手を横に振った。
「いえ、あの、けしてミーハーな気持ちがあるわけではないんですよ。中学生だったときの千里が、日下部先生の書かれた本を大切そうに持っていたのを覚えていたので、なんだか感慨深くて」
弁解の言葉に混ぜられた千里くんの名前にハッとする。
彼の名前を軽々しく呼んだことに、私はお腹の底がふつふつと沸くような怒りを感じた。
「四六時中持っていました。大きなハードカバーの本を、本当に大切そうに。そうですか、あなたが……」
そんな私に気づかない優さんは、遠い記憶を懐かしむように微笑む。
その笑みがあまりにも優しく見えて、私の怒りはついに頂点を超えた。
「……そんなふうに、千里さんを思い出して微笑まないでください」
「お兄さんに会って、千里くんが今言ったことを面と向かって伝えたいの」
千里くんの目を真っ直ぐに見つめながら言うと、その目は大きく見開かれた後、戸惑ったように揺れた。
そうだ、私の手で彼を苦しめるものとの関係を断ち切ってくればいいんだ。
考えれば考えるほど、我ながら素晴らしい案だと思えてきて、つい勇み立ってしまう。
「聖ちゃんの手を煩わせるようなことじゃないよ」
「そんなことない。それに、私自身がやりたいんだ」
「でも――」
「二度と千里くんに関わるなって、その苦しみを背負って生きていけって、お兄さんに言ってくる。なんなら千里くんの代わりにぶん殴ってきたっていいよ」
「聖ちゃん……」
「私に任せてくれないかな」
有無を言わせないくらいの勢いで押し通すと、千里くんはやがて静かに頷いてくれた。
何度目か分からない自己満足を彼に押しつけてしまっている。
その自覚はあるものの、やはり彼のこととなると、私はなぜか自分を抑えることができなかった。
とりあえず許可は得られたため、手紙に記載されていたお兄さんの連絡先からコンタクトを取り、平日の昼間に時間をつくって会っていただけることになった。
待ち合わせに指定させてもらったのは、個室のある喫茶店だ。
そう言えば外出をするのはあの事件の日以来だったけれど、私は特に恐怖を感じてはいなかった。
しばらく平穏な時間を過ごせたため、心が癒されたというのもあるのだろう。
それに自分のためよりも誰かのために頑張る方が、人は強くなれるのかもしれない。
「彼方優さんですか……?」
「はい。初めまして、彼方です」
「日下部と申します。本日はお時間をつくっていただきありがとうございます」
待ち合わせの当日、指定した喫茶店に入ると、千里くんのお兄さん――優さんは先に到着して私を待っていた。
私が現れるなり立ち上がって会釈をした彼は、彫りの深い顔立ちで上背があり、そこにいるだけでなんとも言えない迫力があった。
千里くんとはまったく似ていないと思ったが、それも当たり前だろう。
千里くんとこの人は義理の兄弟で、そもそも血が繋がっていないのだから。
いや、この人が戸籍を抜けることで、もはや兄弟ですらなくなるのか。
「驚きました……。まさか日下部さんというのが、あの日下部聖先生だったなんて。お会いできて光栄です」
そんなことを考えていると、優さんは私が予想だにしなかった言葉を発した。
こちらは対決を挑むような気持ちできたというのに、思わず拍子抜けしてしまう。
それを察したらしい彼は、慌てた様子で右手を横に振った。
「いえ、あの、けしてミーハーな気持ちがあるわけではないんですよ。中学生だったときの千里が、日下部先生の書かれた本を大切そうに持っていたのを覚えていたので、なんだか感慨深くて」
弁解の言葉に混ぜられた千里くんの名前にハッとする。
彼の名前を軽々しく呼んだことに、私はお腹の底がふつふつと沸くような怒りを感じた。
「四六時中持っていました。大きなハードカバーの本を、本当に大切そうに。そうですか、あなたが……」
そんな私に気づかない優さんは、遠い記憶を懐かしむように微笑む。
その笑みがあまりにも優しく見えて、私の怒りはついに頂点を超えた。
「……そんなふうに、千里さんを思い出して微笑まないでください」