「だって本当に尊敬するところばかりなんだもん。もっと誇っていいくらいだよ」

「それならそんな俺を救ってくれた聖ちゃんは、俺よりももっとすごいと思うんだけど」

「えっ、と……」

いきなり思いがけない言葉をもらい、私は返答に困ってしまった。
じっと見つめてくる千里くんの瞳に気後れする。

「そうは思えない?」

「……うーん。そうだね、残念ながら」

居た堪れず目を逸らして、私は苦々しく笑った。
たとえるならば、私は誰にも見向きされずに転がっていた道端の石なのだ。
その石を彼が拾い上げ、特別な月の石か何かだと言って存在を認めてくれただけのこと。
つまりはなんの変哲もない私に価値を見出してくれた千里くんがすごいのであって、素の私はやはりただの石ころでしかない。

「聖ちゃんはすごいよ。素敵な物語を紡げるのはもちろんだけど、ひたむきにお仕事を頑張っている姿勢とか、俺みたいなやつを褒めてくれるところもすごい」

それなのに、千里くんはまるで分かっていなかった。
今でも私を月の石だと信じて疑わない。
いっそ清々しいくらいの勘違いだ。

「仕事をするのも人を褒めるのも、取り分けて讃えられるようなことじゃないよ」

「そんなことない。仕事を続けてきた努力も、他人の長所を見つけられる心の清らかさも、聖ちゃんのすごいところに違いないんだから」

説得のような言葉に「うん」とも「ううん」ともつかない返事をする。
そしてそれ以上は何も言えず、私はついに俯いてしまった。
千里くんが私を評価してくれるのは嬉しい。
けれどそんな彼の言葉を、自信のない心が拒否してしまう。

「俺の言葉を受け入れられなくていいんだ。それでも俺は、“聖ちゃんはすごい”って、君に伝え続けるから」

どこまでいっても卑屈な私とは対照的に、千里くんはすべてを感じ取ったかのように微笑んでくれた。
その混じり気のない優しさでもって、私の歪な心が溶かされていくのが分かる。
ああもう、本当に彼には敵わない。
彼に汚点があるとするならば、それは日下部聖という存在に深入りしてしまったことだと改めて思って、私は口を閉ざした。

「さて、そろそろデザートも食べようか」

テーブルの上のものを見事に平らげた後、私たちはデザートを食べることにした。
大切な食後のコーヒーは、千里くんが新品のサイフォンで淹れてくれるらしい。
サイフォンは火加減や攪拌が難しく、なかなか喫茶店のマスターのようにはいかないようで、彼は先ほどから難しい顔をして格闘していた。
張り詰めた緊張さえ感じる中、二人で静かに澄んだ茶色の液体を見つめる。
すると突然、まるでその空気を裂くかのようにインターフォンの音が鳴り響いた。
集中する千里くんに代わってモニターを確認すれば、郵便配達の方らしき姿が映っているのが見える。

「よかったら私が出るよ」

「ごめん、ありがとう」

受け取りを買って出た私は、いそいそとドアを開け、配達員さんから手渡された紙にサインをした。
もちろんサインの名前は“彼方”だ。
人の名前でサインを書くなんて、なんだかおかしくて少し面映い。
そんなことを考えながら、どこか仰々しさを感じさせる白い封筒の書留を受け取る。
個人情報を見ないようにと胸に抱きながら、私はそれを部屋へ持ち帰った。

「なんの郵便だった?」

「書留だよ」

「書留? 誰から?」