そうして小道を抜けた、そのときだった。
何かにぶつかってしまった。
と思った次の瞬間、誰かに突き飛ばされる感覚がして、私の体は宙に浮いた。

「ぎゃっ」

不細工な声を上げながら、道端で派手に尻餅をつく。
衝撃を和らげるため、とっさに着いた両手のひらがアスファルトに擦れて、ヒリヒリとした痛みが走った。
見れば皮が擦りむけ、血が滲んでいる。

「申し訳ありませんっ、大丈夫ですか……!?」

砂と血で汚れた手を払っていると、頭上からかすかに震えた低い声が聞こえた。
顔を上げれば、見知らぬ男性がこちらを窺っている。
短い黒髪で背の高い、細身の男性だ。
私はこの人に突き飛ばされたのだろうか。
路地裏から急に奇妙な女が飛び出してきて、あまつさえ自分にぶつかってきたのだから、手が出るのも無理もない。
顔も青ざめてしまっているし、さぞ驚かせたのだろうなと、申し訳なく思いながら立ち上がる。

「大丈夫です。こちらこそ、ぶつかってしまってすみません」

安心させられるだろうかと何事もなかったように答えたものの、それでも男性はいたく動揺している様子で首を振った。

「俺は平気ですが、そちらは手を擦りむいてしまってますよね? 少しここで待っててください。消毒液とか絆創膏を買ってきます」

男性はそう言い残すと、道端に私を置き去りにしたまま、近くの薬局へと走っていってしまった。
呆然としたのも束の間、すぐにビニール袋を手に下げた彼が戻ってきて、必死な形相で「こちらです」と道の先を指差す。
一体どこへ行くというのだろう。
不審に思いながらも彼の背中を追う。
それにしても先ほどのメインストリートから一本外れるだけで、かなり人通りが少なくなるものだ。
ほとんど誰ともすれ違わぬまま男性に促されてたどり着いたのは、生い茂る緑の木々に囲まれた小さな公園だった。
ベンチと自動販売機、公衆トイレが設置されていて、子供が遊ぶというより、この近くで働くサラリーマンが休憩に使う場所といったふうに見える。
公園を眺めながらぽかんとしている私に、男性は傷口を洗うようにと、薬局で購入したばかりであろうペットボトルの水をくださった。
彼の言葉に従い、汚れた手を水で洗い流して、これまた購入したばかりの消毒液を傷口に振りかけてから絆創膏を貼る。
痛みはまだ少し残っているが、傷はごく浅く、跡が残るような気配もなさそうだった。

「本当に申し訳ありませんでした。あの、治療費と言いますか、慰謝料を――」

「とっ、とんでもないです! いきなり飛び出してきた私が悪いんですし、怪我と言ってもただのかすり傷ですから」

「ですが、怪我を負わせてしまったのは事実ですし」

むしろこちらが衛生用品の費用を支払わなければならないくらいなのに。
そう思って丁重にお断りしたものの、どうやらこれでは彼の気がすまないようだった。
今どき珍しいくらいに誠実な人だと感心しつつ、このままでは本当に慰謝料を出されかねないと思い、糖分の切れかかったにぶい頭で代替案を考える。

「……ではお金の代わりに、よかったらインタビューをさせていただけませんか?」

「インタビュー、ですか?」

「はい。実は私、作家を生業としているんですけど、次回作の構想に行き詰まっていまして。それで、小説に使えるネタを探しているんです」

そこまで言って、私は初めて男性の顔をまじまじと見た。
年齢はおそらく私と同じ二十代半ばか、少し下くらいだろう。
まだ少し表情に幼さの残る、けれどもその誠実さが滲み出るような爽やかな人だ。
かっこいいとかわいいの中間のような顔立ちをしていて、女性にも好かれそうだし、きっと恋愛もたくさんしてきているはず。