彼の言葉に、今朝目にしたばかりであるニュースのテロップを思い出して苦笑する。
どうやら今回の件はマスコミにも流れてしまったらしく、朝のニュースやワイドショーといったテレビ番組では、大袈裟なほどセンセーショナルに取り上げられたようだった。
ネットやSNSでは噂に尾ひれがつき、あることないこと吹聴されているらしい。
ようやく蘇ったと思った日下部聖は、たちまち悲劇の作家になってしまったのだ。
「まったく、みな勝手なものですよ」
東雲さんが苛立たしそうに煙草に火をつける音が聞こえる。
しかしその苛立ちは面白半分に騒ぎ立てる群衆より、むしろ自分へと向けられているような気がした。
東雲さんはもともと、大々的な売り出し方による中傷やストーカーを懸念していたし、この一件に関して責任を感じているのかもしれない。
彼が気に病む必要なんて、これっぽっちもないのに。
「東雲さん。私、後悔なんてひとつもしてませんから、気にしないでくださいね」
最後に「新作のプロットを送っておいたので後で確認をお願いします」と伝えて、私は電話を切った。
途端に静寂に包まれ、ホッと安心するのと同時に、どこか物悲しい気分になる。
すべてのわだかまりから逃れたいのに、なぜか心細さを感じるような、そんな自分勝手な気分だ。
ぐったりと書斎の本棚に身を預け、虚空を見つめる。
しばらく何もせずそのままじっとしていると、ふいに玄関の鍵が開く音がして、私は驚きに体を固めた。
「ただいまぁ」
しかし続けざまに響いたのは、千里くんの柔らかい声だった。
安堵の息を吐きながら書斎を出れば、仕事終わりで少し疲れた様子の千里くんがいて、彼は私を見るなりにこりと微笑んだ。
「なんだかいい匂いがするね」
「暇だったからカレーをつくってみたの。お口に合うといいんだけど」
「俺に気を遣わずに休んでいてくれていいのに」
「居候の分際で何もしないのも心苦しくて」
「そっか。でも嬉しいな。カレー好きだから」
にこにこと少年のように笑う千里くんに釣られて、私も笑みをこぼす。
料理に凝っているという千里くんの家には食材や調味料が十分に揃えられていて、私は手持ち無沙汰な時間を解消するためにスパイスからカレーをつくっていた。
付け合わせのコールスローも食卓に並べて、向かい合いながら夕食を食べる。
カレーの辛さはどれくらいが好きだとか、どこそこのお店のカレーが美味しいとか、そんなたわいない話をしていると、会話の切れ間に千里くんは小首を傾げた。
「今日は特に元気がないね」
「え…………」
「どうしたの? 何か嫌なことでもあった? 俺に話して楽になるんだったら、話を聞かせてほしいんだけど」
おずおずと尋ねる千里くんに、驚いて瞬きをする。
不思議だ、どうして彼はこんなにもはっきりと私のことが分かってしまうのだろう。
もしかしたら私はもう、この人に隠しごとはできないのかもしれない。
そんなことを考えて、しかし不快な感じはまったくなく、むしろ私はなぜか救われるような心地がした。
「実は今朝ね、ニュースを見た母から連絡があったの」
「お母さんから?」
頷いて、もうずっと会っていない母の姿を頭に浮かべる。
「今回のことは、夜中に一人で外に出ていたあなたに落ち度があるのよとか、だいたいそんな目に遭うのはテレビなんかに出て浮ついているからだって言われて」
どうやら今回の件はマスコミにも流れてしまったらしく、朝のニュースやワイドショーといったテレビ番組では、大袈裟なほどセンセーショナルに取り上げられたようだった。
ネットやSNSでは噂に尾ひれがつき、あることないこと吹聴されているらしい。
ようやく蘇ったと思った日下部聖は、たちまち悲劇の作家になってしまったのだ。
「まったく、みな勝手なものですよ」
東雲さんが苛立たしそうに煙草に火をつける音が聞こえる。
しかしその苛立ちは面白半分に騒ぎ立てる群衆より、むしろ自分へと向けられているような気がした。
東雲さんはもともと、大々的な売り出し方による中傷やストーカーを懸念していたし、この一件に関して責任を感じているのかもしれない。
彼が気に病む必要なんて、これっぽっちもないのに。
「東雲さん。私、後悔なんてひとつもしてませんから、気にしないでくださいね」
最後に「新作のプロットを送っておいたので後で確認をお願いします」と伝えて、私は電話を切った。
途端に静寂に包まれ、ホッと安心するのと同時に、どこか物悲しい気分になる。
すべてのわだかまりから逃れたいのに、なぜか心細さを感じるような、そんな自分勝手な気分だ。
ぐったりと書斎の本棚に身を預け、虚空を見つめる。
しばらく何もせずそのままじっとしていると、ふいに玄関の鍵が開く音がして、私は驚きに体を固めた。
「ただいまぁ」
しかし続けざまに響いたのは、千里くんの柔らかい声だった。
安堵の息を吐きながら書斎を出れば、仕事終わりで少し疲れた様子の千里くんがいて、彼は私を見るなりにこりと微笑んだ。
「なんだかいい匂いがするね」
「暇だったからカレーをつくってみたの。お口に合うといいんだけど」
「俺に気を遣わずに休んでいてくれていいのに」
「居候の分際で何もしないのも心苦しくて」
「そっか。でも嬉しいな。カレー好きだから」
にこにこと少年のように笑う千里くんに釣られて、私も笑みをこぼす。
料理に凝っているという千里くんの家には食材や調味料が十分に揃えられていて、私は手持ち無沙汰な時間を解消するためにスパイスからカレーをつくっていた。
付け合わせのコールスローも食卓に並べて、向かい合いながら夕食を食べる。
カレーの辛さはどれくらいが好きだとか、どこそこのお店のカレーが美味しいとか、そんなたわいない話をしていると、会話の切れ間に千里くんは小首を傾げた。
「今日は特に元気がないね」
「え…………」
「どうしたの? 何か嫌なことでもあった? 俺に話して楽になるんだったら、話を聞かせてほしいんだけど」
おずおずと尋ねる千里くんに、驚いて瞬きをする。
不思議だ、どうして彼はこんなにもはっきりと私のことが分かってしまうのだろう。
もしかしたら私はもう、この人に隠しごとはできないのかもしれない。
そんなことを考えて、しかし不快な感じはまったくなく、むしろ私はなぜか救われるような心地がした。
「実は今朝ね、ニュースを見た母から連絡があったの」
「お母さんから?」
頷いて、もうずっと会っていない母の姿を頭に浮かべる。
「今回のことは、夜中に一人で外に出ていたあなたに落ち度があるのよとか、だいたいそんな目に遭うのはテレビなんかに出て浮ついているからだって言われて」