言葉を操ることを生業としているのだから、上手く煙に巻いて彼を遠ざけることだってできていいはずなのに、しかしこんなときに限って何も浮かんでこない。

「そんなこと、言わないで……」

やっと口から出せたのは、縋るような声だった。
そんな自分の卑しさに吐き気を催し、ついに我慢していた涙がこぼれ出す。

「俺に遠慮しているでしょう? たぶん、もうずっと前から」

「どうして……?」

「聖ちゃんを見ていたら分かるよ。ねぇ、何か怖いことがあるなら、俺に教えてくれないかな」

穏やかな笑みをたたえたまま、千里くんが俯く私の顔を覗き込んだ。
どうやら何も言わずとも、彼には私の心の内にあることが伝わってしまっていたらしい。
“遠慮”や“怖い”といった単語のニュアンス的に、おそらくほとんど正確に感じ取られている。
そこまで知られているなら、すべてを打ち明けるほかないだろう。
ぐちゃぐちゃの感情の中、嫌われる覚悟だけを決め、いまだ涙が流れる目元をそのままに、まっすぐ彼に向き直る。

「……私、千里くんに依存してるの」

「依存?」

「千里くんを昔の自分と重ねて、あなたの傷を舐めることで、自分の傷を癒そうとしている」

言いながら、自分でも気味の悪いことをしたと思った。
軽蔑されて当然の、身勝手な行為だ。

「それは幼いころに苦しめられた母の行為に似ているの。だから私は母と同じように、いつかあなたのことを傷つけてしまうかもしれない。それが、とても、怖い」

たどたどしく伝える言葉尻が恐怖で震えた。
嫌悪されただろうか。
いや、もうすでに傷つけてしまったのかもしれない。
再び沈黙が落ち、罪悪感から苦しくなるくらいに息を潜めていると、なぜか千里くんがかすかな笑い声をもらしたのが聞こえた。

「千里くん……?」

「それを言うなら、俺だって君を利用していたようなものだよ」

「えっ……?」

「自分の過去のことを伝えたのは、もちろん誰かに知ってほしかったっていうのもあるけど、聖ちゃんの同情を引いて、手の届かないはずの君に近づきたかったんだ」

いったい何を言っているのだろう。
千里くんの語る何もかもが初耳で、何もかも不可解だ。
動揺を隠しきれない私に、彼が微笑みかける。

「ね? お互い様じゃない?」

「わ、私はそれで傷ついたりなんてしないっ」

「俺だってそうだよ。君が依存だと呼ぶものは、俺にとっては優しさだった」

「優しさ?」

あまりに場違いな単語のせいで、声に嘲りが混じる。

「その優しさが、身勝手な偽りだったとしても?」

「うん」

しかしすぐさま肯定され、私は閉口せざるを得なかった。
目の前の清らかな面差しに呆然と目を見開く。

「たとえ君の優しさが自分自身への身代わりに与えてくれたものだったとしても、俺が君に優しくしてもらったことに変わりはないから」

なんてことない、至極当然のように、千里くんは言ってみせた。
くすくすと楽観的に笑う彼に対し、私は何度もまばたきを繰り返す。