「聴取は終わった?」
「うん。防犯カメラに姿が映ってたし、指紋が警察のデータベースにあるものと一致したらしいから、犯人もすぐに捕まるだろうって」
「そっか。それなら少し安心だね」
警察の実況見分や事情聴取、病院での手当てなどを終え、帰宅することができたときには、すでに明け方になっていた。
結局は最後まで千里くんに付き添ってもらった形になり、罪悪感でいっぱいになりながら朝日を浴びる。
せめてものお礼に何か振る舞わせてほしいと申し出ると、彼は窺うように私を見た。
「今さらなんだけど、俺が一緒にいても怖くない?」
「千里くんが怖いわけないよ」
「そう。それならよかった」
千里くんが私を気遣って微笑んでくれる。
その気遣いに、私はまた自責の念を募らせた。
「ちょっと腰掛けて待ってて」
自宅に着くと、私はまず紅茶を二人分淹れた。
香りのいいアールグレイはお気に入りの銘柄のもので、リフレッシュしたいときにちょうどいい。
いつものがらんとした部屋の中、千里くんと並んでソファーに座り、会話もなく紅茶を飲む。
体は温まったものの、しかし不思議と味や匂いはあまり感じなかった。
「……巻き込んでごめんね」
一息つき、私は改めて今回のことを謝った。
私の声に、真横にいる千里くんがパッとこちらに振り向いた気配がする。
「謝らないでよ。むしろ巻き込んでくれてよかった。きっと俺じゃなかったら助けられなかったから」
「うん……ありがとう」
千里くんの目を見られないまま、私は溜め込んでいた息を長く吐いた。
自宅に帰って心が落ち着いてきたからだろうか。
今さらになってあのときの男の皮膚の感触や体温が思い出され、恐怖に体を竦ませる。
千里くんの感じる他人の体温の恐ろしさというものを、身をもって知ってしまった。
彼も今の私のように苦しんだのかもしれない。
ううん、きっと私以上に傷ついたのだろう。
私だってこんなにも辛いというのに。
自分を抱きしめるように両手で二の腕を掴む。
フラッシュバックする恐怖や尊厳を軽んじられたことへの怒りと悲しみで、頭がどうにかなってしまいそうだった。
千里くんの前でこれ以上の弱みを見せたくないのに、涙がこみ上げてくるのを止められない。
「聖ちゃん。俺の家に来ない?」
そのときだった。
千里くんから呟くように尋ねられ、私は一瞬、思考を停止させてしまった。
おそるおそる彼を仰ぎ見れば、冗談を言っている様子のない真剣な表情が目に映る。
「そんなに広い部屋ではないけど、聖ちゃん一人増えたくらいで窮屈にはならないし、俺なら迂闊に君に触れることはないから」
「でも――」
「俺が心配なんだ。このまま君を一人にしたくない」
まるで理解することを躊躇うかのように、彼の言葉が頭に入ってこない。
それでも時間をかけて飲み込めば、頭の中で警笛が鳴り響くのを感じた。
これ以上彼を振り回してはいけないと分かっている冷静な私と、しかしこんな状況でなおも彼に依存しようとする弱い私が、脳内で醜くせめぎ合う。
「俺はずっと聖ちゃんに守られてきたんだ。だから今度は、俺に君を守らせてくれないかな」
不用心とも呼べる千里くんの優しさが、私を追い詰めていくようだった。
清廉で誠実なこの人を、私なんかが汚してはいけないと分かっている。
「うん。防犯カメラに姿が映ってたし、指紋が警察のデータベースにあるものと一致したらしいから、犯人もすぐに捕まるだろうって」
「そっか。それなら少し安心だね」
警察の実況見分や事情聴取、病院での手当てなどを終え、帰宅することができたときには、すでに明け方になっていた。
結局は最後まで千里くんに付き添ってもらった形になり、罪悪感でいっぱいになりながら朝日を浴びる。
せめてものお礼に何か振る舞わせてほしいと申し出ると、彼は窺うように私を見た。
「今さらなんだけど、俺が一緒にいても怖くない?」
「千里くんが怖いわけないよ」
「そう。それならよかった」
千里くんが私を気遣って微笑んでくれる。
その気遣いに、私はまた自責の念を募らせた。
「ちょっと腰掛けて待ってて」
自宅に着くと、私はまず紅茶を二人分淹れた。
香りのいいアールグレイはお気に入りの銘柄のもので、リフレッシュしたいときにちょうどいい。
いつものがらんとした部屋の中、千里くんと並んでソファーに座り、会話もなく紅茶を飲む。
体は温まったものの、しかし不思議と味や匂いはあまり感じなかった。
「……巻き込んでごめんね」
一息つき、私は改めて今回のことを謝った。
私の声に、真横にいる千里くんがパッとこちらに振り向いた気配がする。
「謝らないでよ。むしろ巻き込んでくれてよかった。きっと俺じゃなかったら助けられなかったから」
「うん……ありがとう」
千里くんの目を見られないまま、私は溜め込んでいた息を長く吐いた。
自宅に帰って心が落ち着いてきたからだろうか。
今さらになってあのときの男の皮膚の感触や体温が思い出され、恐怖に体を竦ませる。
千里くんの感じる他人の体温の恐ろしさというものを、身をもって知ってしまった。
彼も今の私のように苦しんだのかもしれない。
ううん、きっと私以上に傷ついたのだろう。
私だってこんなにも辛いというのに。
自分を抱きしめるように両手で二の腕を掴む。
フラッシュバックする恐怖や尊厳を軽んじられたことへの怒りと悲しみで、頭がどうにかなってしまいそうだった。
千里くんの前でこれ以上の弱みを見せたくないのに、涙がこみ上げてくるのを止められない。
「聖ちゃん。俺の家に来ない?」
そのときだった。
千里くんから呟くように尋ねられ、私は一瞬、思考を停止させてしまった。
おそるおそる彼を仰ぎ見れば、冗談を言っている様子のない真剣な表情が目に映る。
「そんなに広い部屋ではないけど、聖ちゃん一人増えたくらいで窮屈にはならないし、俺なら迂闊に君に触れることはないから」
「でも――」
「俺が心配なんだ。このまま君を一人にしたくない」
まるで理解することを躊躇うかのように、彼の言葉が頭に入ってこない。
それでも時間をかけて飲み込めば、頭の中で警笛が鳴り響くのを感じた。
これ以上彼を振り回してはいけないと分かっている冷静な私と、しかしこんな状況でなおも彼に依存しようとする弱い私が、脳内で醜くせめぎ合う。
「俺はずっと聖ちゃんに守られてきたんだ。だから今度は、俺に君を守らせてくれないかな」
不用心とも呼べる千里くんの優しさが、私を追い詰めていくようだった。
清廉で誠実なこの人を、私なんかが汚してはいけないと分かっている。