激昂し、勢い余った私は、なぜか千里くんの名前を叫んでいた。
その瞬間、彼の意識がわずかに私へ向き、男が隙をついて脱兎のごとく走り去る。
それでも追いかけようとする千里くんをもう一度呼び止めると、彼はようやく男を諦め、私の方へと戻ってきてくれた。
「聖ちゃん……」
息を荒くしたまま立ち尽くす千里くんと目が合い、その整った顔が苦しげに歪むのを見上げる。
彼は自分の羽織っていたカーディガンを私に被せてくれると、その場に座り込んでから深く息を吐いた。
力なく項垂れているが、なだらかな肩はかすかに強張っているようだ。
「千里くん、ごめんね」
「え……?」
「さっき、あ、あの人に触られちゃったでしょう? だから気持ち悪いんだよね?」
私の言葉にパッと顔を上げた千里くんは、しかし戸惑ったように瞳を揺らした。
その反応を見て、私も目を瞬かせる。
何か見当違いなことを言ってしまっただろうか。
「……ああ、そうか。だから俺を止めてくれたんだね」
首を傾げる私に対し、すぐさま事情を把握したらしい千里くんは、なぜか悲しそうに笑うと、右手でくしゃりと前髪を握った。
「君はもう、こんなときに人の心配なんかして……」
「だって千里くんが傷つけられるかと思ったら私、悔しくて、怖くてっ……!」
千里くんが傷つくところを見るのは、きっと自分が傷つけられるよりも辛い。
いっぱいいっぱいになりながら喚くようにそう言うと、彼は今にも泣き出しそうなくらい眉根を寄せてから、それでも私を気遣って微笑んでくれた。
「俺は平気だよ。頭に血が上ってたから、聖ちゃんに言われるまでそんなこと忘れてた」
「本当に……?」
「うん、だから大丈夫。聖ちゃんこそ、怪我をしてるんでしょう?」
「わ、私も平気。大丈夫」
「無理なんかしないで? 怖い思いをしたね。もう安心していいから」
千里くんの優しい言葉に、ぼんやりとしながらも頷く。
それから彼が腰を上げるのに合わせて、私も地面に手を突きながら立ち上がった。
骨が軋むような嫌な感じと、腕や足の擦り傷に汗がしみる痛みはあるが、ほかには大した怪我もしていないようだ。
「電話なんて珍しいなと思って出てみたら悲鳴が聞こえて、心臓が止まりそうになった」
警察への通報を終え、到着を待っているあいだ、千里くんは落としたままだった私のスマートフォンを探して拾ってきてくれた。
どうやら男に接近される直前、私の指は偶然にも発信ボタンに触れていたらしい。
残業終わりで、ちょうど自宅へ到着するところだった千里くんは、その着信を聞いて、ここへ駆けつけてくれたのだそうだ。
なんて運がよかったのだろう。
九死に一生を得たようだが、どこか現実味がなく、足元が浮くような心地がする。
「俺も聖ちゃんと同じだよ。君が傷つけられているかもしれないと分かって、生きた心地がしなかった」
すると千里くんは、強く訴えるようにそう言ってくれた。
その目があまりにもひたむきに見えて、思わず呼吸を忘れてしまいそうになる。
彼は優しい。
きっとその言葉も本心から出たものなのだろう。
ただそれを聞いた私は、ひどく悲しい気持ちになってしまっていた。
こんな私に関わることになった彼は、本当に不幸だと思わざるを得なかったのだ。
その瞬間、彼の意識がわずかに私へ向き、男が隙をついて脱兎のごとく走り去る。
それでも追いかけようとする千里くんをもう一度呼び止めると、彼はようやく男を諦め、私の方へと戻ってきてくれた。
「聖ちゃん……」
息を荒くしたまま立ち尽くす千里くんと目が合い、その整った顔が苦しげに歪むのを見上げる。
彼は自分の羽織っていたカーディガンを私に被せてくれると、その場に座り込んでから深く息を吐いた。
力なく項垂れているが、なだらかな肩はかすかに強張っているようだ。
「千里くん、ごめんね」
「え……?」
「さっき、あ、あの人に触られちゃったでしょう? だから気持ち悪いんだよね?」
私の言葉にパッと顔を上げた千里くんは、しかし戸惑ったように瞳を揺らした。
その反応を見て、私も目を瞬かせる。
何か見当違いなことを言ってしまっただろうか。
「……ああ、そうか。だから俺を止めてくれたんだね」
首を傾げる私に対し、すぐさま事情を把握したらしい千里くんは、なぜか悲しそうに笑うと、右手でくしゃりと前髪を握った。
「君はもう、こんなときに人の心配なんかして……」
「だって千里くんが傷つけられるかと思ったら私、悔しくて、怖くてっ……!」
千里くんが傷つくところを見るのは、きっと自分が傷つけられるよりも辛い。
いっぱいいっぱいになりながら喚くようにそう言うと、彼は今にも泣き出しそうなくらい眉根を寄せてから、それでも私を気遣って微笑んでくれた。
「俺は平気だよ。頭に血が上ってたから、聖ちゃんに言われるまでそんなこと忘れてた」
「本当に……?」
「うん、だから大丈夫。聖ちゃんこそ、怪我をしてるんでしょう?」
「わ、私も平気。大丈夫」
「無理なんかしないで? 怖い思いをしたね。もう安心していいから」
千里くんの優しい言葉に、ぼんやりとしながらも頷く。
それから彼が腰を上げるのに合わせて、私も地面に手を突きながら立ち上がった。
骨が軋むような嫌な感じと、腕や足の擦り傷に汗がしみる痛みはあるが、ほかには大した怪我もしていないようだ。
「電話なんて珍しいなと思って出てみたら悲鳴が聞こえて、心臓が止まりそうになった」
警察への通報を終え、到着を待っているあいだ、千里くんは落としたままだった私のスマートフォンを探して拾ってきてくれた。
どうやら男に接近される直前、私の指は偶然にも発信ボタンに触れていたらしい。
残業終わりで、ちょうど自宅へ到着するところだった千里くんは、その着信を聞いて、ここへ駆けつけてくれたのだそうだ。
なんて運がよかったのだろう。
九死に一生を得たようだが、どこか現実味がなく、足元が浮くような心地がする。
「俺も聖ちゃんと同じだよ。君が傷つけられているかもしれないと分かって、生きた心地がしなかった」
すると千里くんは、強く訴えるようにそう言ってくれた。
その目があまりにもひたむきに見えて、思わず呼吸を忘れてしまいそうになる。
彼は優しい。
きっとその言葉も本心から出たものなのだろう。
ただそれを聞いた私は、ひどく悲しい気持ちになってしまっていた。
こんな私に関わることになった彼は、本当に不幸だと思わざるを得なかったのだ。