「すごいなぁ。俺が持ってる初版本、そのうちプレミア物になるかも」
「絶対に売ったりなんかしないけど」と千里くんが自信たっぷりに笑うから、私の目尻ははからずもだらしなく下がってしまう。
「そうだ。新作が注目されたおかげで既刊作品も再評価されたんだ。夢想探偵シリーズの続編発行も決まったよ」
「本当に!? それはすごく嬉しい! 聖ちゃんに直接感想も言えたし、ああもう俺、こんなに幸せでいいのかな」
「ふふっ、喜んでもらえて私も嬉しい」
それに加えて、まだ公にはできないけれど、実は『神様は目を閉じた』は実写映画化の声も掛かっていた。
しかも今一番注目度の高い若手女優に主演を務めてもらえるという話だ。
情報が解禁になったら、千里くんはもっと褒めてくれるだろうか。
想像すると、今から楽しみで仕方ない。
「そう言えば今朝はテレビにも出ていたね。朝から聖ちゃんの姿が見えて驚いたよ」
「ああ、うん。人前に出るのは得意じゃないんだけど、出演依頼の数が多くなってきたから断りきれなくて」
予想を超えた空前のヒットに、編集部も大いに沸いているのだ。
ここからさらに売上を伸ばすため、メディアには積極的に顔を出せとのお達しも来ている。
おそらくブームが下火になるまでは、この先もちょくちょく出演しなければならないのだろう。
「そっかぁ。昔からのファンとしては誇らしいことだけど、なんだかちょっと寂しくもあるなぁ」
「ええっ?」
「急に聖ちゃんが遠い人になったみたいで。ううん、元々こうして会って話せるような人じゃないんだよね」
「もう、何言ってるの。大げさだよ」
話に夢中になっていると、いつしかお互いに3杯目のワインに口をつけていた。
お酒が入った千里くんは、いつもより目がとろんとしていて、少し舌ったらずになってしまっている。
体質なのか、首の方までほのかに赤く染まっていた。
「俺に出会ってくれてありがとう。聖ちゃんは本当にすごい。奇跡の存在。俺の希望」
「どうしたの千里くん。もしかしてだいぶ酔ってる?」
「そんなことないよ。全部本音だから」
右手で頬杖をついて、千里くんは蕩けそうなほどににっこりした笑みを浮かべた。
心の底から幸せそうに見えるけれど、これは半分お酒の力によるものなのだろう。
「聖ちゃんを見てると、俺も頑張ろうって思えるんだ。このあいだ、初めて受診もしてみた。克服できるかどうかは分からないけど、接触恐怖症と向き合ってみようと思って」
「そうなんだ……! 千里くんこそすごいよ!」
千里くんの言葉に興奮して、私の声は上擦ってしまっていた。
自分の痛みと向き合うことすら簡単ではないのに、それを乗り越えようとするには、より一層の努力を必要とするはずだ。
それを分かった上で自分自身に立ち向かう覚悟を決めた千里くんを、私は心の底からすごいと思った。
そんな彼の意識を変えるきっかけが自分であることが嬉しくて、私の方こそ誇らしくなる。
このまま接触恐怖症を克服して、そしてもう一度、誰かを愛することができたらいい。
千里くんの隣に佇む女性を想像する。
それは望んでいた光景のはずなのに、しかしなぜか私は、漠然とした焦燥に駆られるような心地がした。
いつかまた彼が恋をしたら、彼の中での私の存在は少しずつ色褪せ、跡形もなく消えていってしまうのではないだろうか。
「絶対に売ったりなんかしないけど」と千里くんが自信たっぷりに笑うから、私の目尻ははからずもだらしなく下がってしまう。
「そうだ。新作が注目されたおかげで既刊作品も再評価されたんだ。夢想探偵シリーズの続編発行も決まったよ」
「本当に!? それはすごく嬉しい! 聖ちゃんに直接感想も言えたし、ああもう俺、こんなに幸せでいいのかな」
「ふふっ、喜んでもらえて私も嬉しい」
それに加えて、まだ公にはできないけれど、実は『神様は目を閉じた』は実写映画化の声も掛かっていた。
しかも今一番注目度の高い若手女優に主演を務めてもらえるという話だ。
情報が解禁になったら、千里くんはもっと褒めてくれるだろうか。
想像すると、今から楽しみで仕方ない。
「そう言えば今朝はテレビにも出ていたね。朝から聖ちゃんの姿が見えて驚いたよ」
「ああ、うん。人前に出るのは得意じゃないんだけど、出演依頼の数が多くなってきたから断りきれなくて」
予想を超えた空前のヒットに、編集部も大いに沸いているのだ。
ここからさらに売上を伸ばすため、メディアには積極的に顔を出せとのお達しも来ている。
おそらくブームが下火になるまでは、この先もちょくちょく出演しなければならないのだろう。
「そっかぁ。昔からのファンとしては誇らしいことだけど、なんだかちょっと寂しくもあるなぁ」
「ええっ?」
「急に聖ちゃんが遠い人になったみたいで。ううん、元々こうして会って話せるような人じゃないんだよね」
「もう、何言ってるの。大げさだよ」
話に夢中になっていると、いつしかお互いに3杯目のワインに口をつけていた。
お酒が入った千里くんは、いつもより目がとろんとしていて、少し舌ったらずになってしまっている。
体質なのか、首の方までほのかに赤く染まっていた。
「俺に出会ってくれてありがとう。聖ちゃんは本当にすごい。奇跡の存在。俺の希望」
「どうしたの千里くん。もしかしてだいぶ酔ってる?」
「そんなことないよ。全部本音だから」
右手で頬杖をついて、千里くんは蕩けそうなほどににっこりした笑みを浮かべた。
心の底から幸せそうに見えるけれど、これは半分お酒の力によるものなのだろう。
「聖ちゃんを見てると、俺も頑張ろうって思えるんだ。このあいだ、初めて受診もしてみた。克服できるかどうかは分からないけど、接触恐怖症と向き合ってみようと思って」
「そうなんだ……! 千里くんこそすごいよ!」
千里くんの言葉に興奮して、私の声は上擦ってしまっていた。
自分の痛みと向き合うことすら簡単ではないのに、それを乗り越えようとするには、より一層の努力を必要とするはずだ。
それを分かった上で自分自身に立ち向かう覚悟を決めた千里くんを、私は心の底からすごいと思った。
そんな彼の意識を変えるきっかけが自分であることが嬉しくて、私の方こそ誇らしくなる。
このまま接触恐怖症を克服して、そしてもう一度、誰かを愛することができたらいい。
千里くんの隣に佇む女性を想像する。
それは望んでいた光景のはずなのに、しかしなぜか私は、漠然とした焦燥に駆られるような心地がした。
いつかまた彼が恋をしたら、彼の中での私の存在は少しずつ色褪せ、跡形もなく消えていってしまうのではないだろうか。