なんだか無性に荒んだ気分になり、残っていたわずかなアイスティーを勢いよく飲み干す。
窓の外を見れば、高いところにあったはずの太陽がいつの間にか西に落ちようとしていて、私はひどく虚しくなった。



珍しく日曜日に外へ出てみたのは、しぶとく恋愛小説のネタを探すためだった。
一時は潔く執筆を諦めようと思ったものの、この10年で培われた無駄なプライドが邪魔をしたのだ。
ともあれ、最後に悪あがきをしてもバチは当たらないだろう。
休日であれば大勢のカップルが街に繰り出しているだろうから、なんらかのヒントが得られるかもしれない。
そう考えた私は、人の往来の激しい歩道に面した、ガラス張りのファストフード店のカウンター席を陣取っていた。
夜型で引きこもりがちな作家の体に、春の眩しい光と人が入り乱れる光景はいささか堪えるが、街ゆく彼らを思う存分に観察できるのはいい機会だと思う。
頭を働かせるために頼んだいちご味のシェイクを飲みながら、私は注意深く人の流れを目で追った。

――あのお洒落な二人は、まだ20歳くらいだな。インカレサークルで出会って交際1年の大学生、といったところか……

――あっちの二人はそうだな、中学時代からの腐れ縁。一度別れたことがあるものの、紆余曲折あり今年の秋に結婚を控えていて……

――あそこで佇みながら鏡を見ている女性は、待ち合わせだろうか。彼氏、いや男友達を待っていて、今日あたり告白されるかもなんて……

「うーん……」

通行人を観察しながら手帳に走り書きをしたネタを、どうにか膨らませながら組み立てていく。
しかし小説として書くにはどのネタもあまりにピンと来ず、私はボールペンを握っていた手を止めざるを得なかった。
口に含んだシェイクの風味が、やけに人工的で味気なく感じる。
ミステリーの犯人を書くときですら、私はその思考に寄り添うのだ。
そんなふうに登場人物の心情を噛み砕き、吸収して、自分のものにしなければ物語を紡げない私にとって、他人のものでしかない恋愛を題材に置くというのは、致命的に相性が悪いことだった。
やはり私にとっての恋愛とは所詮他人の庭なのだと思い知らされ、たまらず頬杖をつく。
腕時計を確認すれば、いつの間にか針が3時を指していた。
このままではマズい。
何か発想の転換をしなければ行き詰まるだけだと、これまでの経験から痛いほど知っていた私は、やにわに席を立ってファストフード店を出た。
人々の熱気のせいか、吹き抜ける風がどこか生温い。
外に出ると、先ほどまで望んでいた人混みは猛烈な息苦しさを感じさせるものでしかなくなり、私は辟易としながら薄暗い路地裏へと隠れた。

「はぁ…………」

膝に手を着きながら、深く息を吐く。
苦手な恋愛小説を書くためにこんなにも足掻くのは、作家人生の転機を求めている故だった。
なんだかんだと言って私はこの職業に誇りと愛着を持っているし、飛躍の機会を求めてこなかったと言えば嘘になる。
10周年記念の次回作がその起爆剤になればいいと、心のどこかで思っていたのだ。
そのためには恋愛を他人の庭だと言い切って逃げている場合ではない。
とはいえ自分の過去の恋愛経験などは、どれも思い出したくないほど滑稽で、あてになどできなかった。
だったらいっそ魅力的な架空の男性でも創り出して、妄想の中で恋をしてみればいいだろうか。
なんだか虚しいことのように思うけれど、そうでもしなければきっと恋愛小説など書けそうにない。
あまりの不器用さに腹が立ち、スニーカーを履いた右足で地面を蹴ると、真上にある電線にとまっていたカラスが、まるで私をバカにするかのように鳴いた。
ふいに今立ち尽くしているこの細く薄暗い路地裏の小道が、まるで前途多難な自分の状況と重なって見え、すぐにでもここを抜け出したい心地に駆られる。

そうだ、私、ずっと抜け出したかったんだ。
くすぶってしまった元神童作家という肩書なんか、もうこれで終わりにしたい。
そう思い、火がついたように走り出して、路地裏の先の光の方へと突き進む。