デートの最後、私たちは近くの浜辺に寄って、砂浜の散歩をした。
足を取られてしまう砂浜は、履いてきたパンプスでは歩きにくく、自然と遅くなってしまう私の歩調に、千里くんは何も言わずに合わせてくれている。
やっと少しだけデートをしているような気分になりながら、夕日に染まる海を眺めた。
「聖ちゃんの作品って、よく海が出てくるよね」
「そうだっけ? 自分では気にしたことなかったな」
「そうだよ。新作にも海辺のシーンがあったし」
「ああ、たしかに」
だとしたら、それは実家のそばに海があったからかもしれない。
実家の方の海は日本海で、私は暇になるとよくその景色を見に行っていたのだ。
冬なんかは特に風が強く吹いて、轟々とした音が恐ろしいような、でもその偉大さに引き込まれるような、不思議な心地になったものだ。
その話をすると、千里くんは「俺も見てみたいな」と無邪気に笑った。
「聖ちゃん」
「ん?」
すると突然、少し前を歩いていた千里くんが、私の方に振り向いた。
誰もいない砂浜の真ん中に立ち止まり、柔らかく微笑んでいる彼を見上げる。
夕陽に溶け込みそうなその姿は、今日美術館で見たどの作品よりも儚げで綺麗だと思った。
「デートなんて一生できないと思ってた。だから俺、すごく嬉しいんだ。本当にありがとう」
「どういたしまして。楽しんでくれたなら私も嬉しいよ」
素直なお礼の言葉が嬉しく、そしてどこか気恥ずかしさもあり、風ではためくワンピースの裾を押さえる振りをして下を向く。
そのままにやにやと緩みそうになる口元を隠していると、下げた視界の中に差し出される形で彼の手が映り込んで、私は戸惑ってしまった。
これはいったいどういうことなのだろう。
まるでこの手を取ってほしいと言われているみたいだけれど、接触恐怖症の彼にとって、他人と手を繋ぐというのはあり得ない行為のはずだ。
その真意が掴めずに大きな手を見つめていると、彼はやはり「よかったら手を繋いでみてもらえないかな?」と言った。
「でも――」
「恋愛の練習って言ったのは聖ちゃんの方でしょう?」
「それは、そうだけど」
千里くんが照れ臭そうに言う。
しかし彼は以前、自分が他人に触れられるのは、私がヘビに巻きつかれるようなものだと言っていた。
そんな精神的にきつすぎる行為を、ここで無理して行う必要なんかないのに。
「頑張っている君を見ていたら、俺も触発されるような気がしたんだ」
「千里くん……」
どうやら彼は、今この瞬間に一歩踏み出そうとしているようだった。
懇願するような目に射抜かれ、そんな強い覚悟を裏切りたくはなく、意を決して手を伸ばす。
自分の生白い腕が、なんだか本当にヘビのように見えて、私の方が恐ろしさに震えていた。
「触れるよ」
千里くんはそう宣言をすると、そっと確かめるようにして私の手に触れた。
振ればすぐに解けるくらいの力が加わり、右手と右手で握手をするような形で手を繋ぐ。
いつ放してもらってもいいよう、私は手に力を込めず、彼の表情を確認することにだけ集中した。
「手汗が浮かんできたかも。気持ち悪くてごめん」
「そんなの気にしなくていいよ」
足を取られてしまう砂浜は、履いてきたパンプスでは歩きにくく、自然と遅くなってしまう私の歩調に、千里くんは何も言わずに合わせてくれている。
やっと少しだけデートをしているような気分になりながら、夕日に染まる海を眺めた。
「聖ちゃんの作品って、よく海が出てくるよね」
「そうだっけ? 自分では気にしたことなかったな」
「そうだよ。新作にも海辺のシーンがあったし」
「ああ、たしかに」
だとしたら、それは実家のそばに海があったからかもしれない。
実家の方の海は日本海で、私は暇になるとよくその景色を見に行っていたのだ。
冬なんかは特に風が強く吹いて、轟々とした音が恐ろしいような、でもその偉大さに引き込まれるような、不思議な心地になったものだ。
その話をすると、千里くんは「俺も見てみたいな」と無邪気に笑った。
「聖ちゃん」
「ん?」
すると突然、少し前を歩いていた千里くんが、私の方に振り向いた。
誰もいない砂浜の真ん中に立ち止まり、柔らかく微笑んでいる彼を見上げる。
夕陽に溶け込みそうなその姿は、今日美術館で見たどの作品よりも儚げで綺麗だと思った。
「デートなんて一生できないと思ってた。だから俺、すごく嬉しいんだ。本当にありがとう」
「どういたしまして。楽しんでくれたなら私も嬉しいよ」
素直なお礼の言葉が嬉しく、そしてどこか気恥ずかしさもあり、風ではためくワンピースの裾を押さえる振りをして下を向く。
そのままにやにやと緩みそうになる口元を隠していると、下げた視界の中に差し出される形で彼の手が映り込んで、私は戸惑ってしまった。
これはいったいどういうことなのだろう。
まるでこの手を取ってほしいと言われているみたいだけれど、接触恐怖症の彼にとって、他人と手を繋ぐというのはあり得ない行為のはずだ。
その真意が掴めずに大きな手を見つめていると、彼はやはり「よかったら手を繋いでみてもらえないかな?」と言った。
「でも――」
「恋愛の練習って言ったのは聖ちゃんの方でしょう?」
「それは、そうだけど」
千里くんが照れ臭そうに言う。
しかし彼は以前、自分が他人に触れられるのは、私がヘビに巻きつかれるようなものだと言っていた。
そんな精神的にきつすぎる行為を、ここで無理して行う必要なんかないのに。
「頑張っている君を見ていたら、俺も触発されるような気がしたんだ」
「千里くん……」
どうやら彼は、今この瞬間に一歩踏み出そうとしているようだった。
懇願するような目に射抜かれ、そんな強い覚悟を裏切りたくはなく、意を決して手を伸ばす。
自分の生白い腕が、なんだか本当にヘビのように見えて、私の方が恐ろしさに震えていた。
「触れるよ」
千里くんはそう宣言をすると、そっと確かめるようにして私の手に触れた。
振ればすぐに解けるくらいの力が加わり、右手と右手で握手をするような形で手を繋ぐ。
いつ放してもらってもいいよう、私は手に力を込めず、彼の表情を確認することにだけ集中した。
「手汗が浮かんできたかも。気持ち悪くてごめん」
「そんなの気にしなくていいよ」