「デート?」

「彼方さんは恋愛の練習をしに、私は、えっと……小説のネタ探しに行くんです!」

思いつきの言葉を並べながらも、私には明確な目論見があった。
それは彼が接触恐怖症を克服して、どこかの女性を愛することができれば、きっと身勝手な愛から完全に逃れられるはずだというものだ。
正直に言えば、自己満足で彼の傷を舐めている自覚はあった。
余計なお世話だというのも分かっている。
それでもどうしても放っておけないのだ。
おそらく据わっているであろう目で彼を凝視して、戸惑いを見せる彼方さんに圧をかける。

「手なんか繋がなくていいですし、もちろん人混みも避けましょう。あっ、そうだ! 短編集の中の『レプリカ』という話に出てくる美術館のモデルにした場所があるんです。そこにも行きたくないですか?」

「それは……ぜひ行きたいです」

まるで問い詰めるような勢いで捲し立てたものの、一応彼の気を引くことはできたらしい。
「あのお話も大好きなんです」と言いながら彼の目がきらきらしだすのを見て、ホッと息をつく。

「あなたに好意を持つ女性はきっとたくさんいます。それなのに、その体質のせいですべてを諦めるなんてもったいないです! 世界中の女性たちにとってもかなりの損失だと思います!」

「先生は俺を買い被りすぎですよ」

別に買い被っているつもりはないのだけれど。
ははっと響いた彼方さんの楽しげな声に、私もなんだか嬉しくなって笑う。
彼にはそういう表情の方が似合うと思った。

「私、気合いを入れてプランを立てますね」

「じゃあ俺は車を出します。電車もバスも乗れないので」

「ありがとうございます。楽しみにしていてください」

こうして約束を取り付け、私たちは再来週、不可思議なデートをすることになった。
勢い任せで提案してしまったものの、今さら前言撤回するつもりもない。
家に帰ると、私はさっそく慣れないプランを考えていた。

以前書いた話のモデルになったガラス工芸の美術館は、庭園やカフェも隣接していて、出任せで言ったにしてはデートにぴったりな場所だった。
海が近かったはずだし、ドライブをするにもぴったりだろう。
あとは周辺でランチの美味しいお店を何件か探しておこうか。
そう考えて、めったに開かないSNSを駆使しながら情報収集をしていると、アプリの広告なのか、とあるファッションブランドの新作を載せたバナーが目に飛び込んできた。
そこに映ったトップスやサンダルなどの夏めいた色合いに目を奪われる。
そうだ、着ていく服はどうしよう。
私は普段カジュアルな洋服ばかりを好むけれど、デートならば少しはそれっぽい雰囲気のものを着た方がいいのかもしれない。
ワンピースやフレアスカートなんて着るような柄ではないが、かわいい服はデート気分を演出してくれるはずだ。
明日、久しぶりに買い物でも行ってみようか。
中途半端に肩まで伸びてはねている髪も、せっかくだから美容室で整えてもらおう。
頭の中で計画を立てながら、いつもの癖でノートパソコンを開く。
その真っ暗な画面にいつもと違う表情の自分を見つけて、私はひそかに顔を熱くさせていた。